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act.6 Platinum Kiss 〜 the 4th day 7
後ろ手に手錠を掛けられたまま、男は目を見開いてアスカを凝視する。自分が意図せず拘束されてしまったことを、ようやく理解したのだろう。
「アスカ……?」
鼻先の距離で視線を絡ませながら、アスカはもう一度男にそっと口づけた。
甘美なものであるはずのそれが、今は死の宣告として与えられている。
何度もキスをしながら腰を上げて、アスカは体内に咥え込んでいた男のものをずるりと吐き出した。
「ありがとう。エイジさんとするセックスは、すごく気持ちよかったよ」
優しく穏やかな声だ。濡れた桜色の唇から、溜息のように言葉をこぼす。
「ごめんね」
両腕で男の肩を掴むと同時に、アスカは力を込めて一気に押し倒した。
「──いっ、ア……!」
無理な体勢に持ち込まれて、男は呻き声をあげる。
待ち焦がれていた機会がようやく訪れた。クローゼットの扉を勢いよく引き開けた俺は、床を蹴り上げてベッドに飛び乗る。
仰向けに転がった男の身体に手を掛けて反転させ、その両脚の上にのしかかり、力を込めて組み敷く。
アスカは何度も練習を重ねたとおり、男の頭の方から片膝で肩甲骨の間に体重を掛けて押さえつけていた。
どれだけ屈強な男でも、うつ伏せの状態で脚を伸ばされ背中を押さえつけられれば、起き上がることはできない。
うまく組み伏せることができた興奮からか、心臓が大きな音を立てて鳴り響いていた。辺りには放たれた精特有のにおいと、花のような芳しい香りが混ざり合い漂う。
「──お前は、誰だ」
辛うじてわずかに頭を浮かせながら、男は無理な体勢で俺を振り返り見上げる。驚きと怯えを露わにしたその表情が、みるみる固まっていった。
喉から手が出るほど待ち望んでいたこの瞬間を迎えて、俺の背筋はゾクゾクと震える。
「いいザマだな」
嘲りながら、俺はその視界に入りやすいように上体を倒して男を見据える。
俺たちは今ようやく、初めて目を合わせて互いの姿を認識していた。
冷たい沈黙に堪えかねるように、仰け反った首の辺りからごくりと喉を鳴らして息を呑む音が聞こえた。
「お前は俺を知らない。だが俺はずっとお前のことを追っていた。お前がどんな奴なのかを俺なりに調べ上げたつもりだ。どれだけ下劣なことをしてきたのかも、よく知ってる」
知らない奴が、硬いガラス越しに何かを喋っている。そう感じるぐらい、自分の声がやけに遠く聞こえた。
気持ちはこれ以上ないほどに昂ぶっているのに、口から出る言葉は淡々としており、ひどく落ち着き払っていた。
こんな状況に追い込まれているのだから、俺が自分の味方でないことぐらいは理解できているだろう。男は口を挟むことなく、黙って俺の言葉を聞いていた。組み敷く身体は汗でじっとりと濡れている。その温度が急速に冷えていくのかわかった。
前のめりに体重を掛けて男にのし掛かったまま、俺はマットレスの下に手を伸ばす。指先にあたるグリップを硬く握りしめて素早く取り出した。
その黒く光る鉄の塊を見た途端、男の顔が更に強張り、みるみる血の気が引いていく。
俺はグリップを片手で把持し、銃口を男の背中に押しあてる。ちょうど心臓の真上にくる位置だ。慣れないことをしているせいか、殺傷能力のある武器を持つ腕は小刻みに震えていた。
さあ、好きなだけ泣き叫んで命乞いをしろよ。最期の言葉ぐらいは聞いてやる。
一層力を込めて銃口を押しつければ、手の震えが少しずつ治まってきた。少しずつ息を吐き出して、俺は低い声で命じる。
「動くな」
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