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act.6 Platinum Kiss 〜 the 4th day 8

男が小刻みに何度も頷くのを確認してから、俺は顔を上げる。忠実に男の身体を押さえつけているアスカに視線を移した。 「もういい。服を着ろ」 「──でも」 「お前の仕事は、ここまでだ」 そう言い放ってじっと見つめれば、アスカは無表情のままゆっくりと男の背中から膝を外した。 アスカの役目はもう終わりだ。 それをよく言い聞かせるために言葉を続ける。 「いいか、アスカ。お前は今からこの部屋を出て、二度とここへ戻ってくるな。俺たちは見知らぬ他人同士で、お前は何も知らない。今まであったことも、これから起こることもだ」 アスカは何も答えないまま、異常な緊張感が漂う空気を壊すまいとするかのように、静かにベッドから降りる。床に落ちていた服を手にして背を向け、振り返りもせず部屋を出て行った。 これでいい。閉まった扉を見つめながら、俺はアスカが躊躇うことなく素直に立ち去ったことに安堵していた。 アスカが出て行くのを見届けた俺は、自分の下で喘ぐように呼吸を繰り返す男に視線を落とす。 銃口に体重を乗せながらゆっくりと撃鉄を起こしていけば、シリンダーがギリギリと音を立てて反時計回りに回転し、カチャリという引っ掛かりと共に固定された。 今、引き(がね)に入れた人差し指に力を込めれば、この男はいとも簡単に死ぬのだろう。 このままひと思いに殺すことは簡単だ。けれど、俺にはどうしても知りたいことがあった。 それは、空がこの男を愛した理由だ。 だから俺は、男の生命を掌中にしたまま言葉を投げ掛ける。 「お前には、俺が誰だかわからないだろうな」 俯せた背中が呼吸に合わせて大きく上下していた。 「……北川空の、弟か」 思いがけず男の唇からこぼれた姉の名に、俺はたじろぐ。そんな態度を取れば肯定したも同然だった。 そうだ。断じて認めたくはないが、こいつの外見は俺とよく似ている。その理由が生き別れた兄だからだと言われれば、素直に納得できる程度には。 この顔を見て、俺の正体に気づいたのだろう。男は小さく頷いてから、何かを思い出そうとするかのように目を閉じる。 「以前、空が話していたことがある。俺に似た顔の弟がいる。俺と会うと、弟と一緒にいるような錯覚を起こすと。そうか……お前が」 そんな形で空の口から俺の名が出ていたことを今更知って、俺は少なからず動揺していた。 「空はどうしてるんだ」 男の瞼が開いて、視線が絡まる。その瞳を見れば、決してとぼけているわけではないことがわかった。 こいつは空がどうなったのかも知らず、のうのうと次のターゲットから金をむしり取り、暮らしてきたわけだ。 「二ヶ月前に死んだ。自殺だ」 その言葉に、男は息を詰めて目を剥く。やはり何も知らなかったらしい。空はあれほど苦しんだのに、呑気なものだと思った。 「……それは本当か」 「この状況で嘘をつくと思うか。お前と別れたすぐ後に、絶望して死んでいったんだ」 吐き捨てるように告げれば、男は眉根を寄せながら硬く目を瞑った。その表情がありありと苦渋の色に染まり、やがて少し緩んで穏やかなものへと変わっていく。 「わかった」 男は目を開けて視線だけを動かし、俺の姿を捕らえる。迷いのない、決断を下した者の瞳だった。 その口から、揺るぎなく言葉が紡がれる。 「撃てばいい」 ──なんだと。 「俺を殺せば、少しは気が済むか」 「撃てないとでも思ってるのか。俺がお前をどれだけ」 「そうじゃない」 俺の言葉を遮り、男は訥々と胸中を口にしていく。 「俺のしてきたことは、もうわかってるんだろう。どうせろくな死に方はできないと思ってたんだ。ちょうどいい」 「……ふざけたことを言うな」 あまりの往生際の良さに、絞り出した声は震える。そして俺は、自分が握っていた手綱をいつのまにかこの男に奪われていることに気づく。 顔を横に向けたまま視線だけを上げて俺を見つめ、男は言葉を続ける。 「高級クラブの人気ホステスは羽振りがいい。最初から騙すつもりで空に近づいた。空は俺に入れ込んでいたと思う。疎遠になっている弟の他には身寄りがないと聞いた。身内が少ないのは俺にとって好都合だった。俺が結婚しようと言ってからは、空は本当に嬉しそうだった」 記憶の中にある空の微笑みが目の前にちらつく。家族を失っていたからこそ、空は家族を作ることに憧れていたのだろう。 俺は言葉をなくしてただその話を聞くことしかできない。 「ある日、俺が金に困ってると言うと、空は翌日にポンと札束を出してきた。理由など何も訊いてこなかった。あんな派手な世界に身を置いているのに、空には擦れたところがなかった。かわいくてひた向きで、本当に情の深い女だった。もしかしたら、俺との恋愛に没頭することで何かを忘れようとしているのかもしれない。空と一緒にいると、そう思うことがあった。いつの間にか俺は、空に惹かれていることに気づいた」 男の背中に押しつけた銃を握る手が、じっとりと汗で濡れている。 自分の中で何かが音を立てて崩れていくのがわかった。 「こんなことをしてきた俺には、人を愛する資格がない。俺は空を呼び出して、終わりにしたいと告げた。金も返すつもりでいた。だけど、金はあげたものだからいらないと悲しそうに言って、空は振り返りもせず去って行った。別れは呆気なかった。空とはそれきりだ」

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