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act.6 Platinum Kiss 〜 the 4th day 11

涙を堪えて潤んだ瞳が、ゆらゆらと儚げに揺れている。 「サキは……僕が生命を奪った人は、本当に大切な存在だった」 サキ。それがアスカが殺したという相手の名前らしい。 アスカは時折言葉を詰まらせながらも少しずつ言葉を紡いでいく。 「サキは僕より六歳上の幼馴染みだった。僕は生まれた時からずっとサキに憧れてた。いつも近くにいたから、誰よりもサキのことを理解していると思ってた。でも、そうじゃなかったんだ。サキは僕の思いもよらないことをしていて、それを知った僕はサキに裏切られたと思った」 降り注ぐ星の下、淡々と告げられる懺悔を俺はただ黙って聞いていた。 「僕にはサキのしたことを受け容れることができなかった。僕がサキを死に追いやったんだ。いなくなればいいと言った僕の言葉どおり、サキは本当にこの世界から消えてしまった」 感情を押し殺した、落ち着いた口調だった。無表情で語っているのが却って痛々しい。 その細い両肩に背負う罪を、アスカは少しずつ吐露していく。 「サキにちゃんと謝りたい。でも、もうサキには会えない。だから僕は一生赦されることはない」 アスカは暗く冷たい水の中にいるのだろう。 深い海の底から、後悔に包まれた独白が細やかな泡のように立ち昇っていく。俺はアスカと同じ場所から天上を仰ぎながら、その煌めきをぼんやりと眺めている。 本当にアスカがサキを殺したのだろうか。その真偽を知る由もないけれど、それはきっと何かの間違いだ。 こんなにも穢れのない者に、人を殺めることなどできるわけがない。 「──アスカ」 繋いだ二人の手は、いつしか同じぬくもりになっていた。 「ここでは願いが叶うんだ」 その無垢な瞳を覗き込む。泣きそうに揺れる双眸は天を仰ぎ、濡れて美しい輝きを放っていた。 「いいか。だから、お前は絶対に赦される」 幼い子どもに言い聞かせるようにそう言えば、アスカは目を見開いて俺の方に向き直った。 「ここは魂が降りる丘なんだ。今、その人はちゃんとお前の傍にいて、もうお前を赦してるよ」 そう伝えた次の瞬間、アスカはそっと瞼を閉じる。その拍子に、長い睫毛の間から光の粒がこぼれ落ちた。 花弁のような唇が、微笑みの形に動く。 「そうだったらいいな……」 儚いその姿は今にも消えてしまいそうで、俺はアスカをこの世界に留めようと繋いだ手に力を込める。 お前を置いて亡くなった奴が今のお前を見ればすることを、俺が代わってしてやりたい。そんな衝動に駆られた。 「アスカ、おいで」 ほっそりとした肩に手を掛けた途端、アスカは身を起こして今まで我慢していたかのような勢いで胸に飛び込んできた。 小さく震える身体をしっかりと抱きしめて、宥めるように背中をさすってやる。 「大丈夫だ。いつか、お前は救われる」 アスカ。何の保証もない言葉でも、叶うと信じたいんだ。 それでお前が少しでも楽になるのであれば、俺は幾らだって願いを口にするよ。 草や土の匂いに混じった甘やかな香りを深く吸い込めば、えも言われぬ幸福感が体の隅々まで満たしていく。 まるで初めて辿り着いた楽園にいるかのような、不思議な心地がした。 「カズミさんは、優しい人だね」 この世で一番美しい涙を流しながら、俺の鼻先でアスカがはにかんだ。 「その優しさに、僕は今救われてる」 どちらからともなく唇を重ねる。啄ばむようなキスを何度も繰り返すうちに服の裾が捲られて、冷たい手が右の脇腹に触れた。 同じ箇所を何度も優しく指でなぞるその動きに気づく。 ああ、あの事故で残った傷を触っているんだ。 『カズミさんの生きている勲章だ』 初めてこの傷を見たとき、アスカがそう言っていたことを思い出す。 生きている勲章、か。 こんな俺でも、いつか訪れる未来に誰かを救うことができるのだろうか。 プラチナの星が煌めく夜空の下で、俺はアスカと互いの存在を確かめ合うように、口づけを交わし続けた。 「カズミさん、これからどうするつもり?」 帰路の車内で、不意にアスカがそう訊いてくる。泣いて少し赤くなった目尻には、もう涙は滲んでいない。 これからのこと、か。 そんなことを考えなければならない時が来るなんて、考えもしなかった。 「さあ、なんせ俺はおおっぴらに他人様に言えるような生き方をしてないからな。何かをするあてもない」 この二ヶ月間、自分を突き動かしてきたものを失ってしまったということを、改めて実感する。まるで根無し草だ。 あの男を殺すことだけが、俺の生きる目的だった。それは遂げられなかったけれど、あいつはもう二度と俺の目の前に現れないと確信していた。 俺とあの男の人生は、もう交わることはない。 「正直、何もしようと思えない。当分は抜け殻みたいに生きてるんだろうな」 他人事みたいに言って、ぼんやりとフロントガラスに映る夜の世界を眺める。 目の前に掲げていた大きな目的を忽然と失い、その衝立てが崩れた途端、漠然とした未来が途方もなく広がっている。そんな状況に身を置いたばかりの今、どうするのかと訊かれたところで答えようがなかった。 「カズミさん、救急救命士になるのはどうかな」 さも簡単なことのように言うアスカの言葉に耳を疑う。 「子どもの頃からの夢を、まだちゃんと諦め切れていない。だから、毎日身体を鍛えることは忘れなかったんだよね」 否定したかったが、却って言い訳がましく聞こえそうで、代わりに至極真っ当な言い分を口にする。 「まさか。今更、なれるはずがないだろう。俺はこんなチンピラ紛いのことばかりしてきたんだ」

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