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after Platinum Kiss side A 2
「……那由ちゃんは、元気?」
久しぶりに彼女のことを尋ねれば、陽太は照れたような笑顔を見せる。
「ああ、元気元気。今回は俺の都合だったから、一人でこっちに帰ってきたんだけどさ」
その関係が続いていることに安堵して、同時に羨望を感じてしまう。二人を結ぶ絆の強さが今の僕には眩しくて、じくじくと胸が痛む。
僕たちは高校を卒業してしばらくの間、主に電話で連絡を取り合っていた。けれど突然ふつりと音信が途絶えてしまった時期があった。僕はそれを陽太が八月の大学入学を控えて慌ただしくしているせいだと思った。新しい環境に身を置き努力している友人を邪魔してはいけない。そう考えたから、こちらから連絡することも控えていた。
そうこうしているうちにサキの病気が発覚して僕を取り巻く世界は一転し、陽太と連絡を取ることも含めて様々なことを気にする余裕がなくなっていった。
「確かに向こうでの新しい生活はバタバタしてたし、大学の入学準備が重なって忙しかったっていうのもあるんだ。全然余裕がなくてさ。落ち着いてからちゃんと連絡しようと思ってたのに、夏に携帯をうっかり落っことして、それが結局見つからなくて飛鳥の連絡先もわからなくなった。だから年末年始で日本に戻ってきたときに、実家に置いてた前の携帯を探し出して飛鳥に電話したんだ。でも、その番号は使われてないってアナウンスが流れた。番号を変えたのかと思って、お前の家まで行ったよ。でも、会えなかった」
一気にまくし立てた陽太は、運ばれてきたアイスコーヒーにミルクを入れてストローで軽く掻き回しながら、僕を見据える。
「その時、家にいた飛鳥のお姉さんに、飛鳥がいなくなったことを聞いたんだ」
ああ、ルイに会ったんだ。
そう思った瞬間、膿んだ胸の傷がじくじくと痛み出した。僕は唇を噛み締めながら、その鈍い感覚をじっと堪える。
「沙生、死んだんだって?」
こちらの気が引けてしまうほど真っ直ぐな言葉と視線が、僕に向けて注がれていた。嘘もごまかしも許さない眼差しが痛くて、僕は居た堪れずに俯く。
黙って下を向いていると、陽太は溜息をついて僕の顔を覗き込み、ほんの少し首を傾げた。
「飛鳥。お前、今どこにいるんだよ」
恐る恐る目線をを上げれば、労わるような陽太の表情が見えた。まるで、転んで怪我をした子どもに手を差し伸べるかのような、優しい顔だ。
途端に胸に温かな何かが込み上げてきて、僕はそれを逃がすように小さく息を吐く。
陽太は本当に僕のことを心配してくれている。
「誰にも言わない。飛鳥の家族にも」
念を押す力強い言葉が、僕の背中を後押しする。
ああ、陽太に嘘はつけない。
「サキのお兄さんの、ところ……」
重い沈黙が降りる。サキがこの世界からいなくなってから、僕は誰にも行き先を告げずに家を出た。そして、サキの兄であるユウのところに身を潜めている。それがどういうことなのか、陽太は色々と思いあぐねているのかもしれない。
「俺がいない間に何があったのか、ちゃんと説明してくれ」
陽太は居ずまいを正して、僕と向き合う。
信頼できる誰かに話を聞いてほしいという気持ちはあった。僕の内に渦巻いている全てを吐き出してしまうことができれば、少しは何かが変わるのだろうか。
けれどその反面、それが怖くて仕方がない。全てを知れば陽太は僕のことをどう思うだろうか。
「……軽蔑するよ」
やっとのことで声を押し出せば、即座に陽太は眉根を顰めてかぶりを振った。
「おい、ここまで来てそれはないだろ。見くびんなよ。俺がそんなに小さい人間に見えるか?」
「……ううん」
「悩むなよ。そこは言い切れ」
陽太の口振りに、僕はつい笑ってしまう。
久しぶりに会う高校時代の友人は、僕が幸せを存分に享受していたあの頃と何ひとつ変わらず接してくれる。
こうして一緒にいられることが嬉しくて、懐かしさに胸が締めつけられる。
「ほら、話せよ。飛鳥」
優しく促されて、僕は固まった心を解すように自分の中で整理した言葉を少しずつ陽太に吐き出していった。
サキが病気になったこと。
サキが僕のせいで生命を失ったこと。
ルイがサキの子どもを産んだこと。
そして、僕がユウのところへ逃げ込んでからしてきたこと。
掻い摘んで話し終えた頃には、グラスの中の氷はすっかり溶けてしまっていた。
水滴に濡れたグラスを手にした陽太は、ストローを使わずに直接グラスに口を付けて、アイスコーヒーを一気に飲み干した。
唖然と見つめる僕の目の前で、バンと大きな音を立てて空のグラスをテーブルに置く。
「あー! 腹立つ!」
「──え?」
唐突に大きな声を出すから驚いて椅子を後ろに引いてしまった僕を、陽太はムスッとした顔で睨みつける。
「沙生だよ、沙生! 飛鳥がいるのに、何てことするんだよ。飛鳥を悲しませたら俺が許さないって、ずっと言ってただろ」
「陽太……」
確かに陽太がよくそんなことを口にしていたことを僕は憶えていた。
とても不思議な気分だった。今まで僕の前でこうしてあからさまにサキを責める人はいなかったから。
悪いのはサキの支えになれなかった僕だということはわかっていた。
けれど、理屈抜きに僕の肩を持ってくれる陽太の勇ましさが、強張った僕の心を暖め、ゆっくりと緩めてくれる。
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