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after Platinum Kiss side A 3
「飛鳥をこんなに傷つけて、ふざけんなって殴り飛ばしてやりたいよ。でも、死んだ奴は殴れないもんな」
肩で大きく息をついて、陽太は僕に真摯な眼差しを向けてくる。
「飛鳥も飛鳥だ。バカなことをしてるのはわかってるだろ。俺ね、ホントに悲しいよ。あんなに純粋でかわいかった飛鳥が、そんな節操のない子になっちゃって」
口調は軽いけれど、それは陽太の本心なのだろう。何と返せばいいのかもわからず、僕は俯いたまま口を付けていないグラスを見つめる。
「泣きそうな顔、すんなって」
「ごめん……」
謝る僕の顔を見て、急に陽太の眉が下がる。
みるみる困った表情になるのが何だかおかしくて少し笑えば、陽太も釣られたように笑みを返してきた。
くるくるとよく動く表情は好奇心旺盛な子どものようで、高校時代から本当に変わらない。
そして、微笑みの形を残した唇からこぼれるのは、思いも掛けない言葉だった。
「でもまあ、俺は飛鳥の思うようにすればいいと思うよ。納得するまでやれば?」
てっきり、咎められると思っていた。
もうこんなことはやめて家に戻れ。そんなことを言われるだろうと覚悟していたから、驚いて陽太を見つめる。
「陽太……」
「お前の気持ちの問題だもんな。何となくだけど、沙生の兄貴もそう思ってる気がする。お前が落ち着くのを待ってるんだよ、多分」
ユウのことに触れられた途端、心臓がどくりと大きな音を立てて鳴った。
僕の存在はユウの負担になっている。だから、もうあの場所に帰らない方がいい。ここしばらくの間、そんなことばかりを考えていた。
陽太は呼び止めたウェイターに二杯目のアイスコーヒーを注文してから、僕に向き直る。
「実はさ。今回帰ってきたのは、母親の墓参りをするためだったんだ」
僕は記憶の細い糸を手繰っていく。確か、陽太は早くにお母さんを亡くしていたはずだった。
「前にも話したことがあると思うけど、俺が小学校一年のときに病気で亡くなってるんだ」
陽太は明るい声でそう話す。幼い頃から、たくさんの哀しみや淋しさを乗り越えてきたはずだ。だからこそ陽太はこんなにも強くて優しい人なのだろう。
「俺、少し前に二十歳の誕生日を迎えたんだけど、その時に親父から急に封書が送られてきてさ。それがなんと、うちの母親が書いた手紙だったんだよ」
亡くなった人から、時を超えて届けられたメッセージ。それはどんなものだったのだろう。
はにかみながら話をしてくれる陽太は、本当に嬉しそうだった。
「母親が死ぬ前に書いてくれた手紙だ。俺が二十歳になったら渡してくれって、親父に頼んでたらしい」
自分の生命が尽きる前に、大人になる我が子の姿が見られないことを知りながら書き遺した手紙は、一体どんな想いで綴られたものだったのだろう。
その心中を想像すると、胸が締めつけられる。
「何も特別なことは書いてなかったんだ。他人に迷惑を掛けるなとか、やりたいことをすればいいけど、もう大人なんだからそれには責任も伴うとか。でもひとつひとつの言葉に重みがあって、すごく嬉しかったよ。最後に、愛してるとか書いててさ。十四年も前に亡くなった母親から、こうして言葉を掛けてもらえるなんて思いもしなかった」
眩しいものでも見るかのように目を細めて話し続ける陽太は、すごく大人びて見えた。
そうだ、陽太は僕なんて比べものにならないほど素晴らしい人だ。
「俺、思ったんだ。死を前にした人間って、遺される人のことをすごく気に掛けるし、自分に何ができるかをそれこそ必死に考えるんだなって。だから、沙生のしたことにも何か考えがあって、そこにはちゃんと意味があるんじゃないかと思うよ。俺にはわかんないけどさ」
琥珀色に煌めく陽太の眼差しを、僕は戸惑いながらも受け止めようとする。
サキのしたことの、意味。
どこか夢心地なまま、陽太の言葉をゆっくりと反芻する。
すっかりぬるくなったジンジャーエールにそっと口をつければ、甘味と辛味が混じり合った液体が舌を柔らかく刺激した。
陽太、僕にはやっぱりわからないんだ。サキが何を考えていたのか。どうして僕では駄目だったのか。サキが隠れてルイと会っていた、その理由も。
「だって、沙生は飛鳥のことをあんなに大切にしてたじゃないか。確かに、人の想いはずっと同じじゃないし、形を変えたり全く別のものになったりしていくもんだと思う。でも、大切に感じているものはそう簡単には変わらない。俺はそんな気がしてるんだ」
陽太の言葉がすんなりと僕の中に沁み込んで
きて、雁字搦めに縛りつけられていた心が少しずつ解れていく。春の暖かな陽射しで雪が融けていくかのように。
今の僕にとって必要なのは、こうして誰かと話をすることだったのかもしれない。
「だから、飛鳥。あんまり思い詰めるな。お前はもっと楽になっていいよ」
ああ、尊いサキの生命を奪った僕が楽になっていいはずがないんだ。
けれど今だけは、この寛容な言葉を受け取ることぐらいは赦されるだろうか。
「陽太って、本当に優しいね」
その言葉に頷くことはできないけれど、僕はせめてもの笑顔を向けてみせる。
「気づくのが遅いよ」
照れ隠しのようにそう言う陽太を見つめながら、僕は背負っていたものがほんの少しだけ軽くなるのを感じていた。
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