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act.7 Angelic Kiss 〜 the 1st day 13

毎日毎日大勢の報道記者が二十四時間警察署に張り付いて情報を得ようと必死だったし、捜査員は記者に情報を漏らすまいと神経を尖らせながら、事件の真相を究明しようとしていた。 そんな大きな事件が起こったとき、俺は当然事件捜査班に入ると思ってた。だけど、そうならなかったんだ。 なんでかって? さあな、頑固な班長の気まぐれじゃないか。 とにかく、俺が放り込まれたのは、遺族支援班だった。 捜査には全く携わることのない部署。殺されたBの遺族に寄り添い、過酷な環境から守る支援要員だ。 被害者支援は今、うちの組織でも最も力を入れてる大事な分野なんだけど、中でも遺族支援となると殊更、繊細な対応が必要になってくる。 でもね、俺は不満だった。ずっと捜査に携わってきた人間にとって、遺族支援なんて未知の世界で、まず何をすればいいかわからない。 それでも、与えられた任務はきちんとこなさなくちゃいけない。支援班の皆が手探りで遺族に付き添う生活が始まった。これをしなければならないというマニュアルはないんだ。臨機応変に遺族の意向を汲み取って、少しでも苦痛を和らげ、好奇の風から守ることが俺たちの仕事だった。 遺族のショックは計り知れないほど大きいのに、家にも勤め先にもマスコミがべったりと張り付いてる。だから事件当初の数日は、遺族と一緒にホテルに缶詰めだった。ご遺体との対面にも、付き添った。つらかったよ。一生忘れないだろうね。 どんなに胸が痛くても、こんなに悲しそうに泣いてる人たちの前で、俺は泣くに泣けなかった。 遺族が何とか自宅に戻ってからも、俺は他の支援要員たちと交代しながら、遺族に付き添い続けた。 遺族は、両親とまだ八歳の妹の三人だ。あんな事件の起こる前は、ありふれたごく普通の家族だったに違いなかった。 その人たちの家に、赤の他人の俺たちが泊まらせてもらって、二十四時間ひとつ屋根の下で過ごしてたんだ。遺族に代わって日用品や食料品を買い行ったり、押し掛けてくるマスコミを追い返したり。そんな状態だから、妹は学校にも行けなくて、遊び相手になったりもしたよ。またこの子がかわいい子で、すごく健気なんだよ。一緒にいると、こっちが癒されたな。 そうこうしてるうちに、被害者のご遺体の司法解剖が終わった。そのまま警察署から葬儀場に搬送することもできたんだけど、遺族が家に帰らせてあげたいと言ってさ。マスコミを厳重にシャットアウトして、遺族の意向に添ってご遺体の帰宅を迎えることができた。 家族葬が済んで、日が経つにつれて本当に少しずつだけど、遺族を取り巻く喧騒は落ち着いてきていた。 けれど、少年Aの家族にとっては、そうじゃなかったんだ。 昔と違ってこのインターネット社会じゃ、どれだけ隠そうとしても被疑者がどこの誰だかすぐに特定される。そして、それは瞬く間に電波に乗ってしまう。 だから、少年Aの住所、学校名、親の勤め先、本人や家族の顔写真。そういう個人情報は、事件直後から世界中に出回ってしまっていた。 そんなふうに電波を通じてばら撒かれた情報を完全に回収することは、残念だけど不可能なんだ。 事件が報道されたその日から、Aの家には引っ切りなしに石を投げ込まれたり、心ない貼り紙をされたりといった嫌がらせが続いた。家の周りにはマスコミがずっと張り付いてるわけだけど、そういう行為を止めるのは彼らの仕事じゃないからね。 Aの父親の会社には事件に対する抗議の電話がじゃんじゃん掛かってきて、それこそ家族はどこへも行けない状態だった。 そうやって、Aの家族は精神的に随分追い込まれていったんだと思う。この事件で日常を壊されたのは、被害者側の家族だけじゃなかったんだ。 そして、今から三週間前だ。 Aの父親が、自宅で自殺した。 遺体の傍には直筆の遺書が残されていた。自分の保険金を慰謝料に充ててほしい。そんなことが書かれていたらしい。 俺はその報せを被害者の自宅で聞いた。被害者遺族にとっては、息子の生命を奪った憎んでも憎み切れない少年の父親だ。それでも、事件前まで付き合いのあった者が自殺したことは、少なからずショックだったんだろう。 自分たちが行くわけにはいかないから、せめて、代わりに葬儀に参列してきてほしい。 そんなことを、俺に申し出てきた。 遺族の願いなら、それは俺の仕事だ。だから俺は自分の複雑な気持ちには蓋をして、一人でその葬儀に参列した。 マスコミや人目を徹底的に避けた、本当に身内だけの質素な葬儀だった。 そこにAはいなかった。Aは鑑定留置中だから医療機関にいるわけだけど、自分の父親の葬式ならその間は一時的に帰宅できるはずだ。なのにこの場にいないということは、母親があえて亡くなったことを伝えてないんだなとわかった。 葬儀の場で俺は、紋切り型のお悔やみの言葉を口にして、自分が警察の者であることと被害者遺族の意向で参列したことを打ち明けた。 Aの母親は、まだお座りもままならないような赤ん坊を抱いていて、げっそりとやつれてた。息子が同級生を殺した上に、夫が自殺したんだ。同じことが自分の身に起きたことを想像しようとしても、俺には到底無理だった。 Aの母親は、俯きながら俺に向かってぽつりとこぼした。 『……ずるい』 一瞬、何のことを言ってるのかわからなかった。でも次の言葉で、俺は全てを理解した。 『この子がいるから私は逃げることもできない。なのにあの人は自分だけ楽になって、ずるい』 それが死んでいった夫への恨み言だとわかった途端、足下が崩れていくような感覚がした。 彼女は、世間の大きな非難も、罪を犯した息子とまだ小さな赤ん坊の養育も、これからどれだけかかるかわからない経済的な負担も、全てを一人で背負うことになったんだ。とても夫の死を悼むどころじゃなかった。 弱い人間だって笑えばいいよ、ハルカ。 俺は、ショックだったんだ。

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