203 / 337

act.7 Angelic Kiss 〜 the 2nd day 5

「……ううん、いい」 そこで初めて俺は気づく。もしかしたら、ミチルはあてがないわけじゃなくて、どこかへ行くために家出をしてきたのかもしれない。 そんなミチルの様子をじっと見守るハルカの顔を見ながら、その予感が当たっていることを確信する。 ハルカは、そのことに俺よりもずっと早く気づいていたんだ。 「そう。じゃあ、気晴らしに散歩でもしようか」 そう言ってハルカは立ち上がる。こうして外へ連れ出そうとするのは、どうにかして強張ったミチルの心を解したいと思案しているからかもしれない。 てっきり二人で行くんだとばかり思ってたのに、「タクマさんも一緒に行こう」と腕を引かれてしまう。 かわいいハルカと、まだ幼さを残す高校生にしか見えないミチルと、こいつらから見ればもはや完全にオッサンの俺。ちぐはくな三人で着の身着のまま家を出て、ぶらぶらとあてもなく駅の方へ向かう。 しばらく歩いていると、ハルカと初めて出会ったコンビニの横を通りがかって、無性に懐かしさが込み上げてくる。もう何日もハルカとこうしている気がするのに、からまだ丸二日と経っていないなんて、全くもって信じられない。 それにしても、あの時ハルカはどうしてあんなところに立っていたのだろう。そうだ、あれじゃあまるで──俺が通りがかるのを待っていたみたいじゃないか。 いや、まさかな。いくら何でもそれはない。 おかしな考えを頭から追い払ってコンビニから視線を前に移せば、仲良く肩を並べて歩くハルカとミチルの後ろ姿が目に入る。それを微笑ましく見つめる俺の心境は、もはや父親のそれに近いのかもしれない。 駅前の繁華街と言えど平日の昼間はそれほど人通りも多くない。さあ、ここからどこへ行こうか。 「入りたい店があれば言えよ」 とりあえず俺が先導して商店街のアーケードをぶらぶらと歩いていると、ミチルが「あ……」と小さく声をあげる。振り返れば、その目線は前方に見えるゲームセンターの看板に向けられていた。 「ゲーム、好きなんだ。入ってみる?」 ハルカがそう言ってミチルの顔を覗き込む。ミチルは何かを心配しているようだった。恐らく補導されないかとでもいうところだろう。 「ミチルは少し幼く見えるけど、保護者がいるんだから大丈夫だよ」 保護者って、もしかして俺のことか? ハルカのフォローにそう思いながらも、にこやかにミチルを見つめるきれいな顔を眺めているうちに、俺は文句を言うどころかメロメロになってしまう。 「入ってもいいけど、あんまり長居はしないからな」 そう念を押せばミチルはこくりと頷く。ゲーセンなんて俺はまるで興味がないが、ミチルはこういう遊びが好きな年頃だ。俺の後に続いてハルカとミチルも薄暗いゲームセンターの中に足を踏み入れる。 店内は閑散としているものの、明らかに学校をサボっているような年端もいかないガキの姿もちらほらと見られる。 お前ら、まとめて補導してやろうか。瞬時にそんなことを考えて、またつまらない職業病が顔を出そうとしてることに気づく。こいつらがどこで何をしようと俺には関係ない。もちろん、ミチルのことだってそうだ。 俺はもう警察を辞めるんだ。関係ない、関係ない。 呪文のように心の中で唱えながら立ち止まって後ろを振り返れば、ハルカが隣にいるミチルに千円札を三枚差し出していた。 「タクマさんと僕はここにいるから、好きなゲームで遊んでおいで」 「そんなの、俺が出すよ」 慌てて財布を出す俺を、ハルカは有無を言わさず魅惑の微笑みで制する。 「いいんだ。これは僕が立て替えているだけで、あとでちゃんと精算するようになってるから。安心して」 いまいち意味のわからない理由を口にされて、俺はハルカに押し切られてしまう。 「……ありがとう」 遠慮がちに礼を言って、金を受け取ったミチルは一人で店の奥へと向かっていく。こういう遊びが好きなところは年相応だと思うが、そのわりにはさほど楽しそうに見えない。ミチルがアーケードゲームのコーナーで足を止めてゲーム機を選ぶのを見届けてから、俺はハルカと手持ち無沙汰に空いたメダルゲームのコーナーに腰掛けた。 「ハルカはこういうところに来るイメージ、ないな」 「うん、来ないね」 そうだよな。こんな場所はハルカにあまりにも似合っていない。 照明はちゃんと点いてるのに、ゲーセンってどうしてこんなに薄暗いんだろう。俺はけっしてアウトドア派というわけじゃないけれど、こういう不健康な子どもの遊び場という雰囲気がどうにも苦手だった。不思議とパチンコはいけるんだけどな。 「俺も、ゲーセンに入り浸る青春時代は送らなかったな」 「でも僕、高校生の頃は仲のいい友達に誘われて時々こういうところに来たりしてたんだ。僕は真面目過ぎるから、こういうことも知っておいた方がいいって言われて。その友達だって、別にゲームが好きなわけじゃなかったんだけどね。不思議とその友達とゲームをするのは楽しかった。ゲームが好きなんじゃなくて、彼と一緒にいることが楽しかったんだと思う」 そう話すハルカの表情は穏やかで、キラキラと小さな光を放って輝く瞳に思わず見惚れてしまう。 「へえ。いい友達なんだな」 「うん、大切な友達だ。今もそう思ってる」 頷きながら懐かしそうに目を細めるハルカの姿は美しく儚げで、もしかすると触れればそのまま消えてしまうんじゃないかという気さえする。 四日間だけの恋人。そんなことは冗談に決まっている。俺は今でもそう信じて疑わない。 こんなにかわいいハルカがどこかへ行こうとするなら、俺は何が何でも引き止めるだろう。 ───そうだ、今度こそ俺は手離さない。 「……あの」 遠慮がちな声に振り返れば、ミチルがどこか居心地の悪そうな顔をして立ち竦んだまま俺たちを見下ろしていた。

ともだちにシェアしよう!