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探偵と刑事とけんか△

※今回はモブ×刑事です。むりやり要素はありません。苦手な方はご注意ください。  夫のシドとけんかした。  きっかけは、あの人があまりにものに動じなくて、それがあの人らしいとわかっているのに、あまりに自分に無頓着で……仕事で、と言い訳してたけど五針縫って帰ってきた夜、おれも自分自身のコンディションが悪かったんだろう、つい怒っていた。どうしてそんなに無頓着なんだって。それがはじまり。  けんかは、初めはいつものとおりだった。おれが怒って悲しくなって、あの人は困った顔をする。でも、その日は途中からいつもとは違ってた。  シドは麻酔が切れてきて、痛みも出始めてたのかもしれない。いつもは憎たらしいくらいに冷静なのに、言い争っているうちに少しカッとなったんだろう。 「きみはハンサムだよ、エド。ぼく以外にも相手はいっぱいいるだろう」と言ったんだ。  おれもカッとなった。猛烈に悲しくなった。おれに向かってそう言ったあと、シドがどんな顔をしていたのか思い出したいと思う。自分の言葉にショックを受けていただろうか、悲しそうだっただろうか、気を落ち着けようとしていただろうか。でも、思い出せない。  おれは「わかりました」と叫んだ。椅子の背に掛けておいたグレーのパーカーをひっつかむ。そのとき勢いで手が椅子の背に当たってものすごく痛かったけど、それどころじゃなかった。おれは走って家を出た。  エド、というあの人の声は聞こえたけど、振り向かなかった。振り向いたのは、もっとあとになってから。ストランドを北上し、シャフツベリー・アベニューに向かう。  パブで飲もうと元々思っていた(防寒でパーカーを手にしたけど、そのポケットに財布を突っ込んでいて本当によかった)が、よく行く店はシドに見つかると思って避けた。たまに前を通りがかったときに気になっていた、映画館の隣のパブに入ってみる。  天井の低い店の中は混んでいて、雰囲気は猥雑だが生き生きしている。窓は並べられたビール瓶でふさがれていた。  おれはカウンターでスコッチを飲み、怒りをしずめようとしたが、反対にどんどん腹が立ってくるし、悲しくなってくる。よりにもよって、あんなこと言わなくていいじゃないか。たしかにおれは病的な淫乱かもしれないけど、売春婦とは違うんだ。  とても悲しくなってきて、一人で泣いた。いま思うと、このあたりから酔いはじめたんだと思う。いつのまにか、隣に見知らぬ男が座っていた。  ブロンドの、ちゃらちゃらした若い男(たぶん、おれより年下)で、スタイルがよく、はっとするほどハンサム。男はいつのまにか、「お兄さんも大変だね」とおれに声をかけていた。 「旦那さんとけんかしたんだ?」  おれはうなずいていた。シドなんてシドなんてシドなんて。  きっと探してると思うよ、と男は言った。おれはカッとなった。 「探してないよ、スマホに電話だって掛かってこないし」  頭を冷やして帰ってくるさとでも思っているんだろう。そう考えると憎らしかった。 「なにがあったか、話を聞こうか?」  そう言って、男は体を寄せてくる。なれなれしいやつだと思ったが、気がつけば洗いざらいぶちまけていた。男がアラン・ドロンばりにハンサムで、真剣だったからかもしれない。 「自分以外にも相手はいっぱいいるだろって言ったのか。ひどい旦那さんだね」  そうだろ、とおれは言ってぐびぐびとスコッチを飲んだ。胃が熱い。涙はもう乾いていた。 「じゃあ、ね」男は突然おれの耳元でささやいた。 「慰めてあげるよ。うちに来る?」  おれは酔って据わった目で男を見た。  こうなることはわかっていた。シドに復讐したかった。やけになっていた。うなずくと、男は笑った。パブでは触ってこなかった。  それから十分後に、おれたちはパブを出た。  男の家はすぐ近くのアパートだった。ちなみに、彼の名はシリル。シリルはおれを部屋に案内した。物価が高いロンドンにしてはわりといい部屋で、むさ苦しいなんてことはなく、意外とこざっぱりしている。ただ、服が多い。どれも高そうなブランドもの。ソファにも何着か広げて置いてあった。 「おれ、モデルしてるんだ」とシリル。「エドさんもそうじゃないの?」 「違うよ。地味な仕事だ」 「へえ、公務員?」 「秘密」  いいけど、と言ってシリルは笑った。その態度から、こういうことは初めてじゃないとわかる。他人の秘密には触れない心構えがあるんだ。  酒持ってくるよ、と言ってシリルは部屋を出た。おれは服が置かれていないソファの端に腰を下ろし、壁が薄かったら嫌だなと思っていた。  このときは、まだそんなことを考える余裕があった。……というか、麻痺していた。  酒を飲み、どうでもいい話をして、キスをするまでは、おれも強気だった。  強引にキスされて初めて、自分はしてはいけないことをしていると思い至った。  シリルのキスは噛みつくようだった。むせるほど舌を絡められて、その目を見た瞬間、とんでもないサドだったらどうしようと怖くなった。  でも正直に言うと、キスはたしかに気持ちよかった。でも怯えとか恐怖とか罪悪感で、火がつききらない。おれはソファに押し倒されたが、覆いかぶさられた瞬間、彼の胸を両手で押し上げていた。  シリルはキスするつもりだったらしいが、おれに拒まれて、無表情で「嫌?」とつぶやいた。おれがうなずくと、「旦那さんのこと、気にしてるの?」と尋ねてくる。  おれはうなずいた。シリルは「いいじゃないか」と言った。 「捨てなよ」 「できないよ。おれが捨てられるならわかるけど」 「こういうことは初めてなの?」 「え?」 「旦那以外の男とヤるのは」  嫌だったのに、思わず素直に首を横に振っていた。結婚しているのに、別の男としてしまったことはある。売春婦じゃない、と思っているはずが……いつのまにか、おれは自分がとんでもない淫売に思えてきた。  シリルはにこっと笑った。 「じゃあ、いいじゃないか」  それからあとは押し問答だった。おれは引かなかったけど、正直、笑うだけで態度を変えないシリルが怖くなっていた。やっぱりしてはいけないことをしてしまったんだ。自分の浅はかさを呪うと同時に、なんとかシリルを押しのけて帰ろうとする。でも、あの男は執拗だった。もう殴るしかないのか、でもそれじゃ傷害になる。刑事としてもそれはだめだろう。それ以前の段階でもう刑事、というかまっとうな人として失格だけど。  なにより、シドの顔が浮かんで離れない。  ついにシリルはこう言った。 「わかったよ。じゃあ、ケツを掘るのはやめてあげる。でも、煽った責任はとってもらうよ。口でして」  それで帰れるなら、安いもんだ。そのときのおれはそう思った。  シリルがソファに座る脚のあいだにしゃがみこみ、膝まで下ろした下着とパンツを手で触りながら、風呂も入っていない彼のものをこわごわ見る。若々しいけど、使いこんでるのか色は……。でも、あまり見ないようにする。性器は半勃ちだった。半勃ちでこのでかさだから、ちょっと怖くなる。でも、と思い直した。シドのよりは小ぶりだ。  目を逸らしつつ、先端を舌で舐める。シリルは微笑んでおれを見ていた。頭を撫で、「根元からして」とささやく。  おれは言われたとおり、根元を舐めた。「もっと下」と言われて、袋にキスする。部屋は暖かいからか、それは弛緩していた。早く帰りたい。内心では泣きながら袋にキスし、唇でついばみ、口に咥える。 「ん……」  シリルの低いうめき声に、思わず下半身が熱くなった。  え、おれ、興奮してる? ショックだった。やっぱりおれは淫売なんだ。悲しくなりながら玉を舌で転がす。 「エドさん、うまい」  そう言って、シリルはまた笑った。下手だと思わせておいて、早く終わらせてしまえばよかった。でも、おれはちんこと見ると全身全霊でフェラしなきゃ気が済まないんだ。そういうふうにシドに躾けられたんだから。  自分の淫乱さにショックを受けつつ、おれは興奮しながらフェラを続けた。根元を舐め、頭をしゃぶり、裏筋を指で刺激する。裏筋、言われてないからわざわざしなくてもよかったのに。  でも、気持ちいいほうがこいつは満足する、そのぶんさっさと終わるはず、と自分を偽った。ほんとは手が勝手に動いてたんだ。  性器の味もにおいもけっこうきつくて、頭が朦朧とした。でも、嫌いじゃない。むしろ好きだ。いつのまにか、おれは発情した犬のように尻をゆらゆら揺らしながらフェラに没頭していた。口の中がカウパーの味でいっぱいになる。袋を舐めたときの汗の味もあいまって、口の中がちょっとしょっぱい。  シリルはおれの頭を撫で、据わった目でおれを見ている。その目。発情したシドの目とそっくりで、おれは罪悪感を感じるよりも興奮してしまった。  シド、シド、シド。ほんとなら、今夜抱いてもらうはずだったのに。  そんなことを思いながら、やぶれかぶれになって深くしゃぶる。シリルのちんこは怖いほどでかくなり、おれの喉にがつがつ当たる。むせながら、それでも肉茎をじゅるじゅる吸った。涎れとカウパーが口の端からだらだら垂れて、おれのカットソーの胸元がどろどろになっている。ちんこを咥えてどろどろになっている自分を想像すると、その卑猥さにおれは激しく興奮していた。  それからあとは、口の中に大量に注がれた。シドとするときは、たいていコンドームをつけたうえでフェラしている。精液を飲んだのは久しぶりだった。射精が長くて、喉に注がれて、げほげほむせる。そのころにはおれもギンギンにテントを張っていて、どうしようもない状態だった。  やっと終わった。ほっとすると同時に寂しくて、シリルが「もうちょっといいよね」とささやいたときは全身から力が抜けた。  そのときには、おれも興奮で虚ろになっていた。早く出したくてたまらず、抑制のタガが外れていた。シリルはソファに座ったままおれを後ろから抱いて、脚のあいだに座らせ、持ってきたオナホをおれのちんこにあてがった。 「エドさんも出して」  そうささやくシリルが一瞬、天使に思えた。おれはオナホにちんこをつっこんで、耳や乳首を弄られながら、シリルがおもちゃを上下させるのに任せて射精した。  そうなると我に返るのは早かった。入れ違いに襲ってくる激しい罪悪感。抑鬱感に苛まれたままシリルの手を振り払い、アパートを飛び出す。パンツの前が開いたままで、アレもはみ出てたんだけど、なりふりかまわず逃げてきた。  だれともすれちがわなかったのは幸いだった。アパートを出たところでパンツのジッパーを上げ、死にたくなりながらとぼとぼ歩いた。行く場所はないと思った。どんな顔をしてシドに会えばいい?というか、おれのことほんとに待ってるのか? 電話もないのに。帰ったら真っ暗で、シドはシドで、別れた奥さんのところにでも行ってたらどうしよう。  こういうとき、おれはあの人を信じ切っていないのだと思い知らされる。自分の偽善的な部分を知ることはきつかった。おれはとぼとぼ歩いて、その日は夜中まで街をうろつきまわった。  零時を越えておそるおそる帰宅してみると、居間には明かりがついていた。覗いてみると、シドはそこにいた。おれと目が合うと素早く立ちあがって、走るようにおれのそばにやってきた。思わず逃げようとしてしまうと、あの人はおれを抱きしめた。懐かしいにおい。思わず泣いていた。 「どこに行ってたんだ、エド。心配したんだよ」  そう言ってきつく抱きしめてくるあのひとに、おれは唇を噛む。 「だって……で、電話も、なかったし……」 「今日、けがをしたときにスマホを失くしたって話したじゃないか」  あの人はおれをきつく抱きしめたまま言った。 「きみのスマホの電話番号、自分のスマホにしか登録してなくて。うろ覚えでかけたんだけど三回とも間違い電話になっちゃって、諦めたよ」 「ごめんなさい、シド」おれは抱きしめられたまま言おうとした。 「おれ、やっぱり、淫売……」 「すまなかった」  シドが言った。 「ひどいことを言って。きみはほかの誰よりもぼくを愛している。それがわかっているのに」  その言葉に、思わず涙がこみあげる。ほかの誰よりあなたのことを愛しているのに、ほかの男と寝てしまうおれはなんなんだ。  でも、あの人は優しかった。優しくおれの頭を撫でて、「シャワーしておいで」と言った。 「今夜はけがのせいでできないけれど、いっしょに眠ろう」  その時点で、この人はおれがしてきたことをわかっていたんじゃないかと思った。  おれはうなずいて、シドに手を引かれるままバスルームに向かった。向かいながら、言っていた。 「ねえ、シド……。おれを抱くことができなくても、おれが、します。口でいいなら。どうですか?」  うん、じゃあしてもらおうかな、とシドは言った。おれの手をぎゅっと握って、振り返って笑った。  そのとき、おれは、なぜかとても幸せだったんだ。

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