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探偵と刑事と予知夢△
私立探偵のシドニー・C・ハイドと、刑事としてロンドン警視庁に勤めるエドワード・ウィルクスがつきあいはじめて五か月目、まだまだ結婚からは遠かったころの話だ。
ウィルクスは六月のその日、微熱を出していた。ここ一週間ほどぐずぐず体調がすぐれなくて、やっと休日になった日曜日。今日だけは呼び出しがあってくれるな、という気持ちでベッドに横になって二時間。時計は午後四時を指している。
夢とうつつの境にいた。頭がぼんやりして、脳が真綿で包まれているように感じる。ぐっすり眠れないが覚醒もしておらず、飛び飛びに短い夢を見た。草原を散歩する夢や、仕事の夢、なぜか乳牛を追いかけている夢も見る。体が重く、この日は例年に比べて気温も低かったので、毛布にくるまったままでいた。
一人暮らしのフラットは静かだ。隣の部屋から音楽が聴こえてくる。軽快な、ヒット・チャートの上位にくるダンス・ミュージックばかり流れてくる。ウィルクスは寝返りをうった。彼の好みにはあわなかった。開け放した窓の外からは、車の排気音も聞こえてくる。
ウィルクスはふたたびうつらうつらとしていた。眠りのはざまにいるときはとても心地いい。日々の職務で疲弊しきった体が緩むひととき。毛布にくるまって、眠る前には防犯のために窓を閉めなきゃ、と思いながら起きあがれずにいた。
そのとき、枕元に置いたスマートフォンが振動した。
初めは億劫だった。無視するつもりだったが、仕事の電話かもしれないと思い直した。いやいやスマートフォンで着信画面を見ると、ヤードからではない。
恋人、ハイドからの電話だった。
ウィルクスは通話のアイコンをタップすると、のろのろとスマートフォンを耳に当てた。
「……もしもし?」
思った以上に低い声が出る。「エド?」と電話の向こうがささやいた。
「ごめん、起こしたか?」
いいえ、と答えてウィルクスは寝返りをうち、仰向けになる。その拍子に、電話を持っていない左手が開いた脚のあいだにすべり落ちた。
ウィルクスは気持ちよさそうにため息をもらした。
「……起きてましたよ。あなたは?」
「お客さんが帰ってひといきついてるところ。六歳の女の子に、『お嫁さんにして』って言われて飴をもらった」
「はは、よかったじゃないですか」
「本気だったよ。『おじさんはもう心に決めた人がいるんだよ』って言っておいた。よくわかってないみたいだったけど」
「言い方が古風なんですよ。……それ、おれのことですか?」
「きみ以外に誰がいるんだ?」
ウィルクスはベッドの中でにんまりした。恋人の愛を感じられる瞬間が最高だ、と心の中でのろける。受話器を握り、耳元に押しつけて、ささやいた。
「ねえシド、おれのこと愛してますか?」
「どうしたんだ? 急に」
ハイドは笑っていた。
「もちろん、愛してるよ。知ってるだろう?」
甘く低いささやき声に、ウィルクスの表情は緩む。ふと、耳が妊娠するってこういうことか、と思った。
左手が脚のあいだを触っていた。
無意識に触りはじめたのだが、ウィルクスはすぐに気がついて赤くなった。しかし、触ると気持ちいいうえ、なんだか気持ちが落ち着く。六歳の少年のときみたいだった。もちろん、父親に見つかって、そんなことをするなと厳しく叱られてそれが若干のトラウマになったけれど。
ウィルクスはスウェットパンツの中に手を入れて、下着の上から股間を弄る。そこは力を得て、半ば持ちあがっていた。触ると、ぼんやりとした気持ちよさと幸せを感じる。微熱が出ているのもあいまって、ウィルクスは蕩けた。下着の上からやわやわと分身を擦り、袋を触りながら、子どもに戻ったような声を出す。
「シド……ん……愛してるって、言ってください……」
「愛してるよ、エド。大好きだよ」
ウィルクスの顔がますます緩む。彼は性器を甘いじりしながら、ベッドの上で発情した犬のように腰をくねらせた。ぞくぞくっと腰から背骨に、そして性器に電流が走る。分身がじんじんしている。
突然ハイドが言った。
「お尻の中も、開発しなきゃね」
ウィルクスの体がぴくんと跳ねる。真っ赤になって、「突然なんですか」と怒った顔で言うと、ハイドは電話の向こうで真剣だった。
「きみはお尻を許してくれたけど、まだ気持ちいいポイントまでは見つけられていない。だから、これからも頑張るよ」
「お……おれも、頑張ります」
「きみはまじめだね。ぼくに任せて、って言いたいけど、男はきみが初めてだから自信はないんだ。だから、いっしょに気持ちよくなるために、二人でちょっとずつ進んでいこうね」
ウィルクスの四肢が幸福で満ちる。好きで好きで気が狂いそうだと思う。
思わず、触る手を下着の中に入れていた。根元をぎゅっと握ると、ずきんとした快感が性器に走った。
「ん……」
鼻にかかった声が漏れる。
「やっぱりきみはまだ、おちんちんを触るほうが気持ちいいんだな」
ハイドが優しい声で言って、ウィルクスはぷるっと震えた。手の力を緩め、ふたたび甘く触る。
「そうです……おれも、お、男ですからね」
いじりながら電話にささやくと、ハイドはくすっと笑った。
「じゃあ今度、いっぱい触ってあげるよ。きみは裏筋が弱いんだったね」
ウィルクスの指が言われた場所をぐっと押しあげる。腰が浮き、ぴんと反った。それでも、口から抗議の声が漏れる。
「シ、シドだって、よ、弱いじゃないですか……。お、男なら、みんなそうですよ」
「きみは特に弱い気がする。すぐに発情して、触るこっちの手に股間を押しつけてくるからな」
「や、やめて」
ウィルクスは竿を上下に扱きながら懇願した。
「やめて……。い、いじめないで」
「いじめてないよ」
ハイドの声は今も穏やかで、優しい。顔が見えれば、とウィルクスは思う。Tシャツの下で肌がじっとりと汗ばんでくる。手の中がぬるぬると濡れていた。
ウィルクスは今、ハイドと寝たときのことを考えていた。四十歳を迎えても筋肉質で逞しい肉体。がっしりしていて、きれいで、エロティックだ。ウィルクスは恋人の小さな乳首や、引き締まった尻や、清潔で縦に長い臍の横のほくろを思いだす。そして半ば白髪になった頭からは意外な、真っ黒なアンダーヘア。そしてその下の……。
ハイドの親指と同じ、逞しくて、長くて、立派なそれを思いだすと、脚のあいだを触る手もますます熱を帯びる。色とにおいがエロいとか、皮の剥け方がエロいとか、卑猥で露骨なことを考えてウィルクスの顔は淫らに緩んだ。微熱があるので抑制がきかない。腰を揺らし、思わずねだるようにささやいていた。
「咥えたい……」
「ぼくの?」
「ん……」
「きみは今までフェラしたことがなかったのに、頑張ってくれるね」
「おれ、下手でしょう?」
「最近は上達したよ。口でするの、好き?」
「ん」
ウィルクスは股間を弄りながら、そのときのことをうっとりと思いだす。逞しくそそり勃ったハイドの牡を口に咥えたり、根元を舐めたり。とろとろ漏れてくる先走りを舐めていると、幸せな気分になる。
そして恋人には言っていないが、ガチガチに勃起した牡を口いっぱいに咥え、喉を刺されそうになっているとき、ウィルクスはマゾヒスティックな快感に支配される。だから彼はフェラチオが好きだった。いつも、もっとひどくして、と言いそうになった。おれの口を道具にして。
それに、尻はまだうまくいかないが、口を責められることで、ハイドに挿入されているような気になる。
「じゃあ、会ったときにいっぱいしてもらおうかな」
ハイドは電話の向こうで優しくささやいた。
「ぼくのをしゃぶってるきみの顔、すごくエロいんだよ。目がとろんとして、舌がはみ出て。才能あるんだな。きみの顔を見てると、ぶち込みたくなる」
「ぶ、ぶち込んで」
ウィルクスは思わず口走り、昂ぶった性器をぎゅっと握っていた。快感がスパークする。袋が引き締まった気がして、腰を揺らした。
「シド……」熱い息を吐きながら、ウィルクスはねだった。「いじめて、ひどくして」
「ああ、いじめるよ」
「へ、変態でごめんなさい……」
「そうだな、きみは変態だね」
ウィルクスはぷるっと震えた。我慢ができなくて裏筋をぐっと指で押しあげると、口から舌がはみ出た。彼はもぞもぞ腰を揺らして、震える声でスマートフォンにささやいた。
「シド、セックスしたい……」
「行こうか?」
すぐさま応える恋人の声に、ウィルクスの体は蕩ける。熱でだるく、体が重い。脚のあいだを軽く擦りながら、「シド……」と喉の奥からだらしない声が漏れる。
「今から行くよ、エド。待ってて」
一瞬の沈黙のあと、ハイドは言った。
「ぼくもセックスしたくなった。いっぱい弄って、いじめるよ」
ウィルクスは震え、電話が切れたあともぼんやりしていた。
もっと激しく触って、出したい。直接的な欲望とともに、別の欲望も兆す。
シドに触ってもらいたい、いやらしく、淫らに。
そう思うと、手が止まる。ウィルクスはぼんやり天井を見上げ、性器を握ったままでいる。手のひらの中が熱く、濡れている。我慢しよう、と決めたが、飢えているため寂しさに襲われた。
シドが到着するまで、二十分はかかる。やっぱり、もう自分の手で出してしまおうか……。
そのとき、ふたたびスマートフォンが振動した。
シドだ。きっと、用事ができて来られなくなったって電話なんだ。
楽観的というよりは悲観的な性格のウィルクスはすぐにそう思い、汚れていないほうの手でスマートフォンをつかんだ。画面を見ると、やはり恋人だった。通話アイコンをタップし、ベッドに横になったまま電話に出る。
「シド? ……来られなくなったんですか?」
「車に乗ったよ」
「……え?」
「今、エンジンを掛けた。これから向かうからね」
「え、運転するのに電話してたら危ないですよ!」
「大丈夫、スピーカー機能にしてるから」
そこでハイドは声をひそめた。
「きみが我慢できないかと思ってね」
ばれてた、と思うウィルクスの体から力が抜ける。また、手は脚のあいだに這っていた。ぎゅっと握って腰砕けになる。顔が緩む。ハイドはスマートフォンの向こうで微笑んだ。
「ぼくは運転しながら聞いてるから、思う存分そこで弄っててね」
「……あなたは我慢できるんですか?」
ハイドはハンドルを握って口角を上げた。
「溜めておく。きみのところに着いたら、覚悟してるんだよ」
ウィルクスはぶるっと震えた。だらしない笑みを唇に浮かべ、「はい」と答える。そのときのことを考えると、欲情と幸福で窒息しそうだった。
「おれの中で、いっぱい出してほしい」
ささやくと、ハイドは「うん」と言って、微笑む。
すでに恋人の肌のにおいがしそうで、ウィルクスもまた幸福そうに微笑んだ。
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