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探偵と刑事とけだものたち

「エドはどうやってエッチのときあんな可愛い声を出しているんだ?」  突然の夫からの質問に、エドワード・ウィルクスはびっくりした。職場の警視庁から帰ってきて、やれやれと居間に足を踏み入れた瞬間にこの質問。とても恥ずかしくなる。 「可愛い? どこが? ていうか、なんですか、いきなり」  ウィルクスの結婚相手で、私立探偵のシドニー・C・ハイドは屈託がない。「すごく可愛い声だなあと思って」と笑顔で言い放つ。ウィルクスは怒った顔で赤くなった。 「別に、可愛くないでしょ。おれもあなたが撮ったあの、永久封印版のビデオで聞きましたけど……め、めちゃくちゃ気持ち悪くありません?」 「えっ、どこが?」  仕事机で瓶入りレモネードを飲んでいたハイドは心底驚いた顔をした。 「あんなに可愛いのに」 「いや、だって……」ウィルクスは居間をうろうろしながらますます怖い顔になる。 「お、男なのに、あんなにひいひい言ってるのって、おれが彼女ならドン引きですよ」 「ぼくはきみの彼女じゃなくて彼氏だよ」 「それはその通りですけど」 「彼女がきみに求めるものがオス的ななにかだとしたら、ぼくがベッドのきみに求めているのはメス的なものだから。あ、でもぼくはかっこいい男の子のきみが好きだよ。女装してほしいとか性転換してほしいとか、女の子みたいに可愛くあってほしいなんてことは思わないからね」  それを聞いて、ウィルクスは少しほっとした。 「きみの声、ほんとに大好きだよ。聞いてるとすごく興奮する。どうやってあんな可愛い声が出るのかなあ?」  目を輝かせて首をかしげる年上の男に、ウィルクスはいたたまれなくなり窓のほうを見る。そして気がついた。  エアコンが壊れてるから、窓、開けてるのか。周りの人間に聞こえてないといいな……。  ウィルクスは頑なに目を逸らせたまま、仏頂面でつぶやいた。 「どうやってって……あ、あなたがばこばこ突くからでしょう?」 「もしかして、責め方で声が変わる?」  きらきらした目で小首を傾げるハイドに、ウィルクスはますます眉を吊り上げた。 「ひとを玩具にしないでください。……そんなことばかり言うのなら、もう今夜はおあずけですからね」 「ごめん」  自由な狼はしょんぼりして、耳と尾が力なく垂れた。ウィルクスはむっつりした顔で夫をちらりと見る。レモネードの瓶の隣で両手のひらをきちんと机の上に置き、寂しげだ。左手の薬指で指輪が鈍く光っている。  なんだかかわいそうだと思ったが、甘やかしてはいけない。ウィルクスは心を強く持とうとした。  ハイドはしゅんとしていたが、やや元気を出して言った。 「今夜はおあずけってことは、するつもりだったのか?」  ウィルクスは相変わらず部屋の中で立ったまま、タイも緩めず背中に通勤用のメッセンジャーバッグを背負ったままで、鋭い目で伴侶を睨んだ。 「いいですか、ハイドさん」刑事は静かな声で言った。「おれにカマをかけてもむだですよ」 「カマなんてかけてな――」 「誘導尋問には答えません」 「誘導尋問なんてしてるつもりはな――」 「おだててベッドにもちこもう、なんてまちがいですからね」 「そんなこと……でも、褒めて伸ばすやり方にはぼくは賛成――」 「今夜はおあずけです」 「わかったよ」ハイドは真剣な顔でうなずいた。「もう言わない」  それから尻尾をだらりと垂らした。ウィルクスを見上げ、 「じゃあね、エド、改めて今日も仕事お疲れさま。晩ごはんは冷たいポタージュとサーモンのカルパッチョ、あとトマトソースのパスタ。創作パスタで未知の味に仕上がったけど、まずくはないから。あたためてくるよ」  ふらりと椅子から立ち上がり、とぼとぼと居間を出ようとしたハイドの広い背中にウィルクスは声をかけた。 「あの、シド。おれがあんな声を出してるのは、好きだからです」  ハイドは目を輝かせて振り向いた。ウィルクスははっきり言った。 「あなたとのセックスが好きなんです」  あなたのことが好きだからです、という大まかでロマンティックな答えを予期していたハイドは、それでも笑顔を崩さなかった。 「うれしいよ、エド。ぼくも人との関係づくりはまず体から始めることにしてるんだ」 「……ドン・ファン。あと、救いようがなく下世話に聞こえます」 「結婚はゴールではない。きみと、これからも関係を築いていきたい。少しずつでも。じゃあ、あたためてくるよ」 「おれのこと、サカリのついた犬だと思ってください」ウィルクスはハイドから目を逸らさず、仏頂面で言った。「あなたというオスが欲しくて、きゅんきゅん鳴いてるだけなんです」  ハイドは駆け寄るようにしてウィルクスのそばにやってきた。探偵がパートナーをぎゅっと抱きしめると、刑事はハイドの胸に頭をあずけて黙っていた。 「ぼくもきみが欲しい。いつも。だいすきだよ、エド」  このひともサカリのついた狼なんだな。ウィルクスはそう思った。  逞しい首筋に顔をうずめ、軽く噛んだら、狼は尻尾をうれしそうにぱさぱさ振った。 「けだもののように鳴くきみがすきだよ」  耳元でささやく低く穏やかな声を聞いて、ウィルクスは目を閉じる。  けだもののおれでも許される。ウィルクスは胸が締めつけられるほどうれしかった。いつもしっかりした自分を保って、ちゃんと生きていかなければならない。そう思って大人になった彼は、恋人の荒々しい全肯定に膝が震えた。  ハイドが優しすぎて、そのとき望むものをすべてためらいなく与えてくれるために、ウィルクスはときどき彼を自分が生み出した幻ではないかと思うことがある。  でも、こんなにも自分の味方をしてくれるなら、それが幻でもおれはかまわないとウィルクスは思った。  力が抜けて、彼は年上の男を抱きしめた。まぐわう前のけだものたちが体をすり寄せるように。 ◯ 「じゃあ、今夜はおあずけ?」 「……腹いっぱいになったから、考慮してあげてもいいですよ。……ちょっと待って、シド、ソファじゃだめですよ! 待て、お座りっ」

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