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探偵と刑事とバック

①  風呂上がり、居間に入ると急に背後から結婚相手に尻を触られて、エドワード・ウィルクスの喉から妙な声が出た。  彼は赤くなって振り向くと、パートナーのシドニー・C・ハイドを睨んだ。年上の男はうっとりしている。 「なんですか、急に」  ウィルクスが抗議すると、ハイドは明るく和やかな顔で小首を傾げた。 「きみのお尻、形がきれいだなって」  そう言いながら、グレーのハーフパンツ越しにまだ触っている。撫でたり揉んだり。やめてください、とウィルクスは言った。 「お、おれ、今、下着履いてないんですよ」 「えっ」  ハイドは目を丸くしたが、その目が急にらんらんと輝きだした。誘ってないですよ、とウィルクスは眉を吊り上げる。 「忙しくて洗濯物がたまってて……今晩洗濯したから、明日の朝にならないと乾かないんです」 「ああ、そうなのか。じゃあぼくの下着を貸そうか?」 「ありがとうございます。でも、あなたの下着はおれにはウェストが緩いから」 「きみのお尻も緩いんだよね」 「猥談禁止です。まじめな顔で言ってもいかがわしさは同じですからね。……そういうわけで、今夜はおれノーパンですから。いたずらはしないでくださいね」  ハイドは首を傾げた。 「お尻を触るのもだめなのか?」 「性的な目的ならやめてください」 「ぼくはきみのお尻が好きでね」  ハイドはしみじみ言った。 「小さくてきゅっと引き締まってて、肉が薄くて、でも下のほう、ちょっとぷにっとしてるよね。可愛い」  ウィルクスは振り向き、ハイドに向き直ると、彼のきらきら輝く薄青い瞳を見つめた。ハイドも見つめ返す。彼は思い入れたっぷりに言った。 「きみのお尻を撫でたり揉んだりしてると心が平和になるんだ」 「そんなことで?」 「きみが後ろ向いて騎乗位でしてくれたときも、ぼくの上に跨るお尻を見てたら心が平和になった」 「それは性欲が満たされたからですよ」  そうかもしれない、とハイドはうなずき否定しない。急にウィルクスを抱きしめ、ハーフパンツの上から尻を両手でぎゅっとつかんだ。ウィルクスは抱きしめられたままつぶやいた。 「痛いです」 「うん、ごめんね」  大きく厚みのある手に尻を撫でられ、ウィルクスはもじもじと腰を揺らす。 「あ、おれ、勃ちそう」  ぽつりとそう漏らした。ハイドはさらにぎゅっと尻をつかんだ。ウィルクスの腕がパートナーの腰にまわる。 「ごめんね」  ハイドはそうささやいて、パートナーの体を抱えあげた。  これから自分たちがどこへ行くのか、ウィルクスにはちゃんとわかっていた。   ②  結局、今日もずるずるエッチしてしまったな、とベッドに腰掛けてウィルクスは思った。  惰性というわけではないが、それでも、なんとなくくっついてだらだらしていたら押し倒されていることが多い。燃えるような口説き文句が欲しいとは思わないが、今夜は尻を褒められたあげくほだされて、やっぱりずるずるしてしまった。  ため息をつき、ウィルクスは肩から掛けたタオルで首筋をごしごし拭いた。行為のあとで改めて風呂に入り、出てきたばかり。上半身は裸、下はグレーのハーフパンツ(もちろん下着はなし)でベッドに座っている。  ほてった体から汗と熱が引くのを待ちつつ、ちらりと背後を振り向く。  ハイドが背中を向けて熟睡していた。  逞しい肩と広い背中が剥きだしになっている。肩甲骨の形が大きくて、くっきりと隆起している。ウィルクスはしばらくパートナーの背中を眺めた。  おれはどうしようもないな、と思う。  きみの尻が好きだとベッドでも告白されたので、ウィルクスもつい燃えた。おれもあなたの体のパーツが好きだと言おうとして、気がつく。  具体的にはどこが? 聡明で優しい瞳、逞しい二の腕、縦に長い清潔な臍とその横のほくろ、もちろんハイドの尻の形も色っぽくて好きだ。しかしウィルクスが言ったのは結局これだった。 「おれはあなたのちんこが好きです」  かえりみて、なんてひどい答えだとウィルクスは頭を抱える。ハイドは笑って、「ジゴロとしての自信が持てた」と言っていた。あなたは探偵でしょ、とウィルクスは言いたかったが、結局言えないまま愛撫がはじまってしまった。  ウィルクスは夫の背中から視線を逸らすと、ふたたび首筋をタオルで拭いた。それから胸と腹ににじんだ汗をぬぐう。ベッドから垂らした脚をクロスさせ、物思いにふけった。  おれはこれでいいのかな、と疑問に思う。セックスしすぎじゃないのか。ほんとはそんなことはなくて、もしかして平均くらいなのかもしれない、と思うこともある(平均より少ないなんてことは絶対にない)。  きっとそういう、性行為の回数なんかのデータはきちんと統計がとられているんだろうと思うが、ネットで調べる気にはなれなかった。 「恋愛やセックス以外にも重要なものがあるんだ」と敬愛するボブ・ディランも言っているのに。  そんなことを言うこのミュージシャンも、若いころは、当時自分のつきあっていた彼女と仲睦まじく歩いている写真をレコードのジャケットにした男だ(そして、だからこそボブ・ディランの言葉は珠玉だと思う)。  大好きなアーティストの言葉を思いだし、ウィルクスは気が滅入った。彼は常に、できることなら愛欲なんかには溺れず、クールに潔癖に生きていきたいと思っている。しかし、理想と現実はかけ離れている。今夜も痴態を見せてしまったし。  あーあ、と思いながら床をかかとで蹴った。  そのとき、枕元に置いたスマートフォンが着信を告げて振動した。ハイドがうめく。ウィルクスは慌てて電話に出た。 「はい、ウィルクスです。……はい。わかりました。今から向かいます。はい、失礼します」  通話を切ると、ウィルクスはそっとハイドの肩を揺すった。しかし、起こすのも悪いと思ってすぐにやめる。メモを残していくことにした。しかし、年上のパートナーはうめきながら寝返りをうつと目を開けた。まだぼんやりした目を擦りながらウィルクスを見上げる。 「エド? ……どうしたんだ?」  寝起きでかすれた声に淡い欲情を覚えつつ、ウィルクスはハイドの耳元にそっとささやいた。 「呼び出しがあったから出掛けますね」 「うん、わかった……。何時?」 「一時半過ぎです」 「仕事あるのにエッチさせてごめんね」  ウィルクスは苦笑した。ハイドの頭を撫でる。 「気にしないで。呼び出しがいつあるかわからないから、それまでは変わらない通常の生活を送っていたいんです」 「腰も腹も痛くない? 変なとこに痕つけてない?」 「大丈夫ですよ、シド。ゴムをつけてたし、痕もないですよ」  ハイドは目を細めて手を伸ばした。 「気をつけて行っておいで」  ウィルクスはうなずく。ハイドは微笑んだ。 「仕事が終わって、元気だったらまたしようね」 「……あなたはおれの手には負えない」 「きみもぼくの手に負えないくらいエロい」 「……はいはい」 「気をつけて行っておいで。帰りを待ってるからね。……ぼくはきみのバックを守れる人になりたいんだ。人生において。ぼくは、前線で闘うきみが好きだから」  ウィルクスはパートナーの髪に触れた。白髪が半ば混ざった灰色の髪をかきあげ、おれの人生はいま報われましたと言った。  その言葉を聞いて、ハイドは微笑んだまま首を傾げた。  ウィルクスはパートナーから借りた黒のボクサーパンツを履いて、騎士のように颯爽と戦場に向かう。

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