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探偵と刑事と娘・一
シドニー・C・ハイドが、誰が相手であれ子どもを欲しがらないのは、彼の身近にいる人々のあいだでは周知の事実となっていた。彼はいつも完璧に避妊に気を遣う。子どもができたら結婚してほしいと言った恋人がいたが、彼女の期待は潰えざるをえなかった。そののち、また別の恋人から結婚してほしいと告白されても、「子どもはほしくないけれど、それでもかまわないなら」と返答する男だった。
シドニーがちゃんとした結婚をしようとしないと言って、彼の異母兄であるアイザックは弟を蔑んだ。アイザックには妻と成人した二人の息子がいて、弟が気ままに女遊びをして、責任逃れをしていると感じていた。
だからアイザックは弟が男と結婚したと知らされたとき、「なんて幸福な結婚だ」と口にした。どれだけセックスしても妊娠しない、そもそもそんな期待など抱かない相手と結婚して、弟はさぞ喜んでいるだろうと思ったのだ。
ハイドの結婚相手であるエドワード・ウィルクスも、パートナーが子どもを欲しがらないことを知っていた。彼はさらに、もうちょっと詳しいことまで知っていた。
子どもが欲しくないのは、自分が父親になることが怖いからだ。
シドニーは生まれる予定のない子どもだった。絶世の美男で女好きの父親の、道楽の代償に生まれたのが自分だとわかっている。彼は私生児にはならず、名家のハイド家に生まれ、母親とともにそこで過ごし、大きくなった。母親は優しい気性ではあったものの頼りない人間で、息子よりも夫を深く愛していた。彼女の美しく透きとおった微笑みは、常に夫のためだけにある。だから愛情にあふれておおらかな乳母がいなければ、今の自分はなかった、とシドニーはいつも断言する。
そんな彼だからなのか、立派に父親としてやっていく自信がなく、昔から「自分に子どもができること」に恐怖心を抱いていた。性に目覚めた少年期からずっとそうだし、それ以前からも漠然とした不安を覚えていたそうだ。
だから、アイザックが「幸福な結婚」と言ったのも実は核心を突いていた。ハイドは絶対に子どもができることのない相手と結婚して、自分が思った以上に心の安らぎを得ていた。ふだんパートナーとなにげない会話をしていても、子どもの「こ」の字も出ないし、避妊具は性病予防のためだけに使っている。「今日は危険日だから」という言葉を聞いて緊迫することもないし、「安全日だから大丈夫」という言葉を聞いて、これまた緊迫することもない(そんなことを言われても、確実ではないって言うじゃないか)。
おれは根がヘテロセクシャルで、たぶん今もそうだけど、エドを好きになってよかったな、とハイドは思っている。
だから十月になったその日、ウィルクスが「自分たちの子ども」を連れて帰ってきたとき、ハイドはふだんの彼からは考えられないほど、ひどく緊張していた。
○
私立探偵のハイドは自宅の居間を事務所としても使っていた。秋の日差しが射しこむうららかな午後、彼はカーテンもブラインドも開け、窓を少し開いて外気と往来の喧騒をとりこみながら待っていた。扉にノックの音がして結婚相手が顔を覗かせる。
「戻りました」
ロンドン警視庁の刑事であるウィルクスはその日、仕事を早退してきていたので、グレーのスーツと地味なネイビーのタイを身につけていた。黒いメッセンジャー・バッグを背負い、片手に白い革のスーツケース、もう片手に駅前の本屋の紙袋を持っている。彼はハイドと目が合うとにこっと笑って、後ろを振り向いた。
「入って。ハイドさんを紹介するよ。ハイドさん、彼女がアメリア・フィッシャーです」
激しく打ち鳴らされる心臓を胸に、汗で湿った手のひらをぎゅっと握って、ハイドは微笑みかけた。
「はじめまして、ミス・フィッシャー」
「……はじめまして」
ウィルクスの陰から出てきた少女は静かな目をハイドに向けた。
アメリア・フィッシャーは柔らかな色味の白い肌と、腰に届きそうなほど長くまっすぐなブロンドの髪をした、十五歳の女の子だった。頭には細く黒いカチュームをつけ、白いブラウスの上から淡い水色の、膝丈のジャンパースカートを着ている。どことなく古風なデザインの、緑色のカメオ風のブローチをつけ、左手首にはめた時計の文字盤も、艶のある緑色だった。背はやや高くほっそりして、姿勢よくたたずんでいる。ハイドがどきっとしたのはその薄茶色の瞳で、淡い色の睫毛の奥に覗くその目はとても落ち着いて、大人びて見えた。
彼女も左手に、ウィルクスが持っているのと同じ、本屋の紙袋を持っていた。
「アメリア、この人がシドニー・C・ハイドさん。探偵で、おれのパートナー」
ウィルクスが紹介すると、彼女はじっとハイドを見つめた。自分の歳の倍プラス十歳というとても年上の男を見上げて、彼女は物怖じする気配を見せなかった。しかし、それでもきゅっと固くなった顎で、アメリアが緊張していることは二人の目によくわかった。
ハイドは緊張していても、それを隠すことがうまかった。いつでも、誰の目を前にしても、穏やかで機嫌よく見せることができる。彼は基本が穏やかで快活、上機嫌という気性のため、たまにそれが演技になったとしても、本物と見分けがつかなかった。
ハイドはにっこり微笑んで、穏やかな低い声で「どうぞよろしく」と言った。
アメリアは優雅に頭を下げる。貴族的な、彫りの深い顔立ちをした目の前の男が四十一歳であるとウィルクスから聞いて、彼女は驚いていいのか納得していいのか、決めかねていた。ハイドの豊かな黒髪は半ば白髪になっており、頭だけ見れば五十半ばから六十と言ってもいい。しかし表情は若々しく、長身でがっしりしていて、肉体はプロの格闘家のように引き締まっていた。
ウィルクスは左手に提げたスーツケース(持ち手に赤いハートのチャームがついている)を持ち直すと、アメリアのほうを振り向いて「きみの部屋に行こうか」と言った。
「三階なんだ。おれが使っている寝室だけど、今日からきみが使って。掃除はしておいたよ。でも気になるところがあれば言ってくれ。足りないものがあれば、おれかハイドさんが……」
「ありがとうございます、ウィルクスさん」
高く、そして合唱団の少女のように澄んだ声でアメリアが言った。
ハイドは部屋を出て階段をあがっていく二人の背中を見送って、無意識に左手を胸に当てていた。駆け足の鼓動を掻き消すように胸を叩いて、ゆっくり深呼吸する。階段をのぼっていくとき、少女の金色の髪はさらさらなびいて、後光のように銀色の艶を放っていた。ウィルクスのあとから一歩一歩ついていく彼女の身のこなしは、社交界にデヴューして間もない淑女のようだ。
彼女はぼくの肉体の一部が生み出した人間ではないけれど、すごく緊張するな、とハイドは思った。子どもは好きでも嫌いでもなく、いっしょに遊ぶことはできるが、思春期の女の子相手ではそうはいかない。力になれればと思うし、大切に扱いたいとは思う。けれど、友人の娘に対するような気持ちをぬぐいきれない。とりたてて興味を抱いていないことを悟られたら、どうしたらいいんだろうと彼は思った。ハイドは窓際の、陽が当たっている紫がかった青いソファに腰を下ろして、開けっ放しにした扉の向こうをじっと見ていた。扉を閉ざす気にはならず、かといって三階を覗きに行く気にもなれない。
いや、やっぱり覗きにいったほうがいいかな。そう思って、彼は腰を上げた。落ち着かなげに左手首の時計をいじって、ゆっくりした足取りで階段へと向かった。
○
アメリア・フィッシャーが養子になる、という話はまだ出ていない。もっと時間をかけてじっくり考えた方がいい、とみんな言った。それでも、家族と帰る家のない彼女が身を寄せるのに、ハイドとウィルクスの家はちょうどいいんじゃないかと彼らは考えた。
ウィルクスはアメリアを取り巻く事件を担当していたわけではなかったが、彼女と何度も会って、顔見知りになっていた。二人とも読書が好きで、ミステリーや怪奇小説が好きだという点でも話があった。二十七歳のウィルクスが、十五歳のミス・フィッシャーを娘のように思えないのは仕方ない、それならいっそ妹でいいし、歳の離れた兄として、彼女を見守ってあげてくれないか。そんなふうに刑事部の刑事たちや、弁護士や学校の先生たちなんかが言った。
問題になりそうなのは、ウィルクスが若い男で、アメリアもまた少女だという点だった。それでも、みんな心配はないと思っていた。まじめで、しかも一途なウィルクスを信頼して大丈夫だろう。ウィルクスの同僚、刑事のミランダ・ブルネッティも毎日アメリアに電話することになった。これで女性の目が入ることになる。
ウィルクスも協議に参加して、「アメリアがよければ」と申し出た。施設で暮らすこともできるけど、しばらく、うちで暮らしてみることもできるよと。
アメリアは、ウィルクスの家に行くと言った。
ここで、まじめな性格のウィルクスはきちんと打ち明けた。
「おれは結婚していて、相手は男で、その人もいっしょに住んでいるんだけど、かまわないかな」
アメリアはそれでいいと言った。
○
その日の夜、ハイドはアメリアがやってきたことを祝って特製のボロネーゼを出した。オニオン・スープはちょっと失敗したけれど、うまくごまかした。アメリアはチョコレートが好きだとウィルクスから聞いていたので、チョコレートとマシュマロのタルトもつくった。それからハイドはあたたかいカフェオレを淹れた。
アメリアは薄茶色の瞳を和らげて「おいしい」と言った。ウィルクスが「おいしい」と言ってくれたときと同じくらい、ハイドは達成感を感じた。彼もウィルクスも、アメリアの前で煙草は遠慮した。
テレビのない食堂で、会話はぽつぽつ進んだとハイドは感じていたが、ウィルクスはそんなふうには感じなかった。
彼はアメリアと本の話題で盛りあがっていた。それも、話題は少々マニアックなシャーロック・ホームズのパスティーシュについてであった。
(パスティーシュはつまり「贋作」のことで、シャーロック・ホームズが偉大すぎたために、かの探偵を題材にした作品をいろんな作家が自由に書きまくっている、その作品のことである)
「わたしはあの、ホームズとワトスンが地球以外にも生命体を見つけようとする話がとても好き」
アメリアが言うと、ウィルクスは熱っぽくうなずいた。
「おれも好きだよ。それから、スティーヴン・キングの書いたパスティーシュ。さすがの出来栄えだ。ラストでは、なんだかじーんとしてしまったな」
重々しくうなずき、アメリアは目を輝かせた。ウィルクスも目を輝かせている。二人とも控えめな性格で、相手の話にかぶさるように話すことは決してなかった。目をきらきらさせて静かに相手の話を聞き、「そうなんだよ」「ほんとにそう!」と言い合っている。そんな二人の姿を、ハイドはぬるくなったカフェオレを飲みながらぼんやり見ていた。
やがてほどよく会話も落ち着いたところで、ウィルクスは腰をあげた。
「じゃあ、食器を洗ってきます」ハイドに向かってそう言って、木のトレイに使った食器を載せはじめる。席を立ち、トレイに皿を載せようとしたアメリアを見て、ウィルクスは微笑んだ。
「きみも座ってて。片付けはおれの当番なんだ」
アメリアはハイドのほうを見ず、じっとウィルクスを見ていた。
「おれは料理が全然できなくて」彼はそう言って、手際よくカトラリーを揃えてトレイの端に置いた。「だから片付けはしてるんだ。きみはハイドさんと休んでて」
「わたしもします」アメリアがはっきり言った。「わたしも、なにもしてないもの」
「疲れてない?」
「はい」
「そう? じゃあ、手伝ってくれる? たぶん一度でトレイに乗らないから、そこのポットを持ってきてもらえると助かる。ありがとう」
鋭い目をし、ふだんは遺憾なく威圧感を放つ強面で美貌のウィルクスの顔が、明るく優しい笑顔を浮かべていた。
「それから、そのグラスも。ありがとう。キッチンはこっちだよ」
後ろを振り向きながら扉から出ていくウィルクスと、彼を追いかける少女。二人の後ろ姿を見送って、ハイドは自分でも意外なほどしょんぼりしていた。アメリアは全く悪くないとわかっていても、子どもに妻をとられた男のように、嫉妬と覇気のない気分に襲われていた。
彼女が親しい人と仲良く愉しく過ごせるなら、それでいいじゃないか。ハイドはそう思おうとした。エドはきっと、妹みたいな人ができてうれしいんだろう、とも思った。ハイド自身、三兄弟の末っ子で、子どものころから弟がほしいと思ってきた。ウィルクスは厳しく育てられた一人っ子だ。弟や妹がほしかったと聞いたことはなかったが、きっと自分と同じなのだろう、とハイドは思っていた。
十五歳の女の子は、自分にとっては娘でも、彼にとっては妹だ。十二歳しか離れていないんだから。そう考えて、ハイドはふと気がついた。自分とエドだって、歳の差はたった十三歳だ。それでも、この青年を弟だと思ったことはなかった。息子だと思ったことはなおさらなかった。
頭がこんがらがりそうだ。ハイドは眉間の皺を指先で揉みながらそう思い、気がつけば煙草を口にくわえていた。彼はテーブルに置いてあった喫茶店のマッチブックで火をつけると、居間に戻った。
それから四十分くらいして、ウィルクスとアメリアはおしゃべりしながら居間に入ってきた。話題はレイモンド・チャンドラーが描いた私立探偵、フィリップ・マーロウの有名なセリフについてだった。
「強くなければ生きていけない、優しくなければ生きていく資格がない」
その言葉がいかに力強く、心をあたためるものであるのか、二人は長々と語りあっていた。ハイドは大型の仕事机に両肘をつき、老眼鏡をかけて『弾道の基礎的研究』を読んでいるところだった。
○
夜十一時を過ぎてアメリアにおやすみを言い、ハイドとウィルクスは寝室に入った。ハイドの寝室は簡素で殺風景で、中型よりやや小さめの暖炉や木の椅子やクローゼットの他には、鉄柵のついた頑丈なベッドが窓に添うような形で、隅に置かれているだけだった。ベッドは大柄なハイドが眠るには十分だが、それでも一人用で、二人が眠るにはやや手狭だ。かといってダブルベッドを置くスペースはなく、そのために結婚していても、ウィルクスはふだん自分の寝室(元は客用寝室)で眠っていた。
いっしょに眠るのは、主に夫婦の営みのときである。
ウィルクスはベッドに腰を下ろすと伸びをして、あくびをひとつした。風呂上がりで、白いTシャツの上からグレーのパーカーを羽織り、グレーのスウェットパンツを身につけている。彼の隣にハイドが腰を下ろした。膝がくっつくほどそばに寄ると、ベッドのスプリングがかすかに音を立て、マットレスが沈む。ハイドも風呂上がりで、黒い七分袖のカットソーを着て、濃いグレーの、ゆったりしたパジャマのパンツを履いていた。
ウィルクスはパートナーの顔ではなく、ハイドの胸から下をぼんやり見つめていた。薄くぴったりした布地のため、厚みのある逞しい胸板と、引き締まった腰がよく見える。ウィルクスがぼんやりしているのを見て、ハイドはそっと顔を近づけた。気がついたウィルクスがパートナーの顔をじっと見つめる。焦げ茶色の瞳は今もまた凛々しく、黒々と輝いていた。彼はハイドの片腕にそっと手を置いた。
「どうしたんですか?」
尋ねると、ハイドは低く静かな声で「キス」と言った。
ウィルクスが目を閉じると、ハイドは彼の唇に自分の唇を押し当てた。ウィルクスも自分の唇を押し当てる。ハイドが上唇を軽く噛んで、ウィルクスは微笑んで顔を離そうとした。年上の男は彼の両肩を抱いて、後頭部に手をまわし、食いつくようにキスを深くしようとした。舌に唇を舐められ、ウィルクスはパートナーの胸をそっと手のひらで押した。
「もう、寝ましょうよ」
優しい口調で言われて、ハイドは一瞬無言になる。薄青い瞳で年下の青年を見つめ、狼が爪を立てるようにささやいた。
「エド、したい」
「シド……」
「セックスしたい。しようよ」
抱きしめられ、熱い息が首筋に触れると、ウィルクスももぞもぞ体を動かした。ハイドの広い背中に両腕を回し、きつく抱きしめたあと腕の力を緩めた。ハイドに首筋を舐められるとぞくっとして、体中が興奮に打ち震えたが、ウィルクスはなんとかその震えを自分の背中あたりに留めようと頑張った。顔をあげ、ハイドの目をしっかり見る。ウィルクスは微笑んで、「きょうは寝ましょう」と言った。
ハイドの眉間に皺が寄る。彼は無言でウィルクスを抱きしめると、パートナーをベッドの上に押し倒した。ウィルクスが仰向けに倒れ、顔を反らすと、ハイドは彼の首筋にキスしはじめた。吐く息は熱く、吸う息はうわずっていた。
でかい狼にじゃれつかれているみたいだ。ウィルクスはそう思ったが、この狼が首へのキスをやめず、それどころかTシャツの裾から大きな手をねじこんできたので、彼は思わずぴくぴく体を震わせた。欲情がじっとりと肉体の底から這いのぼってくる。背骨がとろけ、下腹部が痛いまでの熱を持ち、頭の中が朦朧とする。性欲を満たすことしか考えられなくなる。
狼はその手をウィルクスの胸板まで這いのぼらせていた。情熱的に首筋を甘噛みしながら彼にのしかかり、もう片手でパートナーのスウェットパンツの、ウエストの紐をほどこうとしている。ウィルクスは赤い顔で朦朧としたままだ。肉体は狼の味方をするように弛緩しはじめていた。
ふいに扉の外で音がした。
二人はその場に固まり、目をあわせて息をひそめた。体を燃やしていた熱が気化し、冷気に変わるのをウィルクスは感じた。廊下が軋む音がして、極限まで抑えられた足音が扉の前から遠ざかっていった。
ふうっと息を吐いて、ウィルクスは上体を起こした。明らかに意気消沈している狼を見て、彼は困ったように、かすかに微笑んだ。ハイドの頭を撫でて、きれいに髭を剃った頬を撫でた。
「今夜はもう、寝ましょう。ね」
年下の青年にいたわるようにそう言われて、ハイドはこくっとうなずいた。自分でも理解できないくらい、とても寂しかった。
翌日の朝食の席でハイドは聞いた。アメリアがウィルクスの耳元で、「あなたの部屋の本を読んでもいい?」と尋ねているのを。ゆうべ、寝室の前まで来たのはそれが訊きたかったからだとわかった。ウィルクスは「いいよ」と答えている。アメリアがとても喜んでいるのは、彼女の目の輝きから伝わってきた。
そのときふいに昨夜のことを思いだして、照れ屋で恥ずかしがり屋のウィルクスは猛烈に気恥ずかしく、気まずくなった。それでもそれを顔に出さないようにして、彼は気楽に尋ねた。
「なにか、読みたい本があった?」
「あったわ! ずっと読みたかったの、エラリー・クイーンの『恐怖の研究』。ウィルクスさんが前、持ってるって教えてくれましたよね。それから、すごく好きな警察小説のシリーズがあって……」
二人はまた本の話に花を咲かせていた。
ハイドはパンを割きながら、そんな二人のことをぼんやり見ていた。
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