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探偵と刑事と愛の饗宴・一△
「ほ……ほうらふがすぎますよ!」
「え?」
枕に顔をうずめるようにして叫んだパートナーに、隣で横になっているシドニー・C・ハイドはふしぎな顔をする。
「ほうらふ?」
エドワード・ウィルクスは顔を上げて、「放埓」と言い直した。
「放埓?」ハイドは首をかしげてにっこりする。噛み痕が散乱したウィルクスの背中に毛布を掛けながら、「天真爛漫って言いたいのか?」と尋ねた。
ウィルクスはきりりと眉を上げるが、目は酔いのためどんよりしていた。
「す、助平だって言いたいんでふ」
ハイドは手を伸ばし、ウィルクスの半開きの口の中に指をつっこむ。
「ん、んむ」
目を白黒させる彼の口蓋を撫で、慌てる舌に指を絡めて、「舌まわってないよ」とささやく。
ウィルクスは真っ赤になって(といっても事後であることと、酔いのためにすでに赤かったのだが)、ハイドの指を噛んだが力はまったく入っていなかった。
ようやく指が出ていくと、ウィルクスはベッドの中で起きあがった。正座をして座り、しばらくぼんやりしているが、急にベッドから降りようとする。「危ないよ」と言ってハイドが腕をつかもうとすると、それを振り払った。それから片脚だけ床に下ろし、散らばった服を手探りで拾おうとする。
やっとボタンダウン・シャツを拾うと、素肌に羽織った。袖に腕を通そうとするが、シャツがぐちゃぐちゃになっているせいもあって苦戦している。改めて、そうとう酔ってるなとハイドは思った。
彼はウィルクスのことを見守っていたが、裸にシャツ一枚着たところで腰をつついた。
「なあエド、眠るのに、シャツはぐしゃぐしゃになっちゃうから脱いでいたほうがよくはないかな」
ウィルクスはベッドに呆然と座ったまま、ちらりとハイドのほうを見た。
「か、帰りまふ」
「帰る? どこに?」
「い、家……」
「もう少し酔いを覚ましてからでないと危ないよ。それにもう午前二時だし。帰るなら、朝がきてからにしないか?」
「ら、らって、人のうちでふ」
人の家、とハイドは繰り返す。ウィルクスはがくりと首を垂れてうなずいた。ふだんは鋭い焦げ茶色の瞳が、もやがかかったようにぼんやりしている。ぽけっとした顔で座っているのを見て、ハイドは彼の膝を撫でながらあやすように優しくささやいた。
「伯爵は、使ってもいいって言ってくれたろう?」
「だ、だって、しひゃったし……」
「うん、伯爵はそれもいいって言ってくれただろう?」
「でも、し、シーツ、よ、よごし……」
ウィルクスは恥ずかしいのか、ぷるっと震えた。シャツの前をつかむと、頼りなげにはだけた胸元を隠そうとする。ハイドはちらっと視線を下に向けた。下は丸見えだけどいいのかな。そんなことを思いながらパートナーの腰に触れて、「もう寝ようね」とささやいた。
「帰りまふ」ウィルクスは聞かない。
「だって、ほ、ほうらふがすぎるから!」
そこまでじゃないと思うけどな、というハイドの甘やかしボイスを振り切るように、ウィルクスはもぞもぞした。
「だって、さ、最近、ふぉ、ほうらふでふ」
「そうかな? ぼくたち、品行方正だよ」
「だって……!」
ウィルクスはやや声を大きくして、真っ赤な顔で言った。
「だって、べ、ベランダで……!」
①ベランダ
ハイドの寝室の外にはベランダがある。フランス窓になっていて、通りを臨むかたちで外に出られるようになっているのだ。といっても寝室は三階にあり、ここに洗濯物を干すこともないので、長年この家に住んできたハイドがベランダに出ることはほとんどなかった。
夏に結婚し、ハイドの自宅兼探偵事務所に引っ越してきたウィルクスも、寝室のベランダから外に出る理由はなかったし、出たこともない。
この日までは。
やっと日が沈んだ午後十時半前、ウィルクスはベランダの手すりにつかまり、バックからハイドに犯されていた。
ぱつぱつと乾いた音を立てながらピストンを繰り返されて、ウィルクスの膝はがくがく震える。しかも抉るように深いピストンのため、さっきから奥を突かれるたび、曲がった膝がベランダの柵にがんがん当たる。
日が落ちて少し暑さがましになった夏の風が、火照った顔や素肌を撫でていく。
「んん、んん、んんっ」
ウィルクスは片手で手すりを握りしめ、もう片手を自分の口の中に押しこんで、必死で声を我慢していた。背後ではハイドが荒い息をつき、発情期の獣のように求めてくる。熱い手がサマーセーターの下にもぐりこみ、ウィルクスの細い腰をがっちりつかんでいた。つかまれたほうは腰を突き出す体勢で、デニムのパンツと下着は腿のつけ根まで降りている。
一応、「外で露出はだめ」と訴えたウィルクスのため、パンツも下着もぎりぎりの位置で留まっている。しかし、そこだけぴょこんと跳ね出た局部がより卑猥さをかもしだしていた。ハイドはそれを目にしていたので(最初はフェラチオからはじまったのだ)、なんだか自分で思った以上に興奮していた。
それで、ハイドは大柄な体でのしかかり、穿つように奥を掘る。ばつばつと突き上げられて、ウィルクスは自分の体が浮いているように錯覚した。実際、彼は手すりにもたれてほぼ爪先立ちになっていた。
「うあ、いや、ほ、掘らないで……っ!」
ウィルクスはぼろぼろ泣いて訴えるが、ハイドにピストンをゆっくりにされて陥落した。ウィルクスは速いそれよりも、ゆっくりした重いピストンを好んでいた。拳を突き入れるように押しこまれ、余韻を残しながら引く一物に全身がとろけていく。
半ば勃ち、半ば萎えたペニスはベランダの柵に当たって、ぷるぷると跳ねていた。風が吹いてきて、ウィルクスの短い前髪を揺らす。汗が伝い、涙が流れた。
腰を淫らにくねらせながら、彼は涙に濡れた目で下の通りを見ていた。ひっきりなしに車が走り去る。少し離れた場所に街灯があった。明るさはここまで届かないが、その下を通る通行人の姿が見える。どうやらこっちを見上げているらしい。
ウィルクスの秘所がぎゅっと締まった。
泣きながら手すりをつかみ、腰を揺らし、内股で爪先立ちになりながら、いじられることのないペニスを揺らしている。頭からはとろとろと先走りが垂れ、パンツの股のところが色を変えていた。ウィルクスはぎゅっと秘所を締めながら、ぼろぼろ泣く。ゆっくりと深く犯されて、最奥にまで届いた。涎れが垂れた口から「ひっ」と裏返った声が漏れた。
「や、出るっ」荒々しく掘られながら、ウィルクスは弓なりに背をしならせる。
「で、でちゃう、シドの、くっ、口からでるっ」
夢中で喘ぎながら腰を揺らす。彼の肉筒は歓声をあげて怒張に吸いつき、きゅうきゅうと締めあげている。キスするようにまとわりついて、鋭く硬くなった肉の塊をもみくちゃにした。
長身で体格がいいこともあり、もともと堂々としたサイズ感のハイドの男根は今はさらに逞しく、身をもたげて肥え太っている。まだ処女だったころのウィルクスが魅入られて絶句したほどの分身だ。それがみっちりはまって、容赦なく全身で中を擦りながら奥にまで届くので、ウィルクスの意識は飛びそうになった。
ばつばつという音を朦朧としたまま聞いて、隣り近所に聞こえてるんじゃないかと怯えた。自分の喘ぎ声は耳に入っておらず、ひたすらピストンのときの音だけを気にしている。
右隣の家は真っ暗だが、やや離れた左隣の家の窓に明かりが灯って、ウィルクスは生きた心地がしなくなった。それでも、「あっあっ」と喘ぎながらひたすら後ろから突かれている。
なんでこんなことになったのか。最初はおとなしく中(寝室)で致していたのに、「最近、疲れとストレスでちょっと性欲が減退してて……」とウィルクスが告白したら、じゃあ外で、ということになったのだ。
ほかの試みはなかったのか。のちに冷静になったウィルクスは思った。
しかしこのときは激しく求められ、気持ちよさのあまり膝からくずおれた。背をしならせて、精液がぱたぱたと散る。
ロンドンの夜景に向かって精子を飛ばしたような気分になり、恥ずかしさと興奮でそれからの記憶がない。
「……ってことがあったじゃないでふか!」
語気を荒らげるウィルクスを、ハイドは寝そべったまま膝を撫でてよしよしとなだめる。酩酊状態だが、記憶の回路はしっかりしているようだ。
「そんなこともあったね」とハイドは懐かしそうにうなずいた。
ウィルクスはじろりと彼を見る。
「まだありまふたよね……」
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