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探偵と刑事と愛の饗宴・三△
③プール
パクストン伯爵は笑顔でハイドとウィルクスを出迎えた。ハイドと軽口をたたきあい、ウィルクスのことは「聞いていたとおりの美男だ」と称賛した。ハイドが横から「噂よりさらに美男でしょう」と言う。ウィルクスは照れて仏頂面になったが、その胸で夫への愛情は膨らんでいた。
そして欲情も。
昼にはパーティーの参加者に紹介され、愉しく会食。参加者の中には、探偵としてのハイドを知っている者もいて、彼はこれまで関わった事件の話をして場を愉しませた。ウィルクスもにこにこして聞いている。彼が刑事だということも話題にのぼって、「ベスト・カップルね」とみんなに感心された。
食事のあと、参加者たちは豪奢な別荘のラウンジでくつろいだり、散策に出たり、テニスをしたりして愉しんだ。庭にある、テニスコート二面分の広さのプールも人で賑わっている。
ハイドとウィルクスは水着に着替えて、プールサイドを歩いた。客たちはそれぞれ思い思いに過ごしている。大胆な白の水着を着た、ブロンドのグラマラスな美女に笑いかけられてハイドも笑顔を返す。そんな夫の姿を、ウィルクスは黙って見ていた。
二人はしばらく、みんなが浮き輪やボートに乗って泳いだり、漂っているのを眺めていた。気持ちのいい夏の日だった。あちこちで笑い声や歓声があがる。それから二人はプールに入り、隅のほうでなんとなくくっついたままでいた。
ウィルクスはハイドの肉体に見惚れた。
筋肉質で逞しいハイドは、四十一歳という歳を感じさせない。とても精悍で、広い肩や背中、隆起した胸板、引き締まった腹が美しい。臍の横にはウィルクスが密かに愛している、小さなほくろがある。腰は太い樹の幹のように安定感があるし、さらに尻も小さくて、きゅっと引き締まっていた。
眼福どころか、むらむらする。ウィルクスはぼうっと見惚れながらそう思った。
それはハイドもだった。
彼は十三歳下のパートナーの体をまじまじと見る。痩せてすらりとした長身の体はモデルのようだ。肩は直角的で肩と腕には引き締まったしなやかな筋肉がついている。平らな腹と、胸。胸は最近ハイドにつきあって筋トレをするようになったおかげで、やや厚みが出かけている。色の薄い可愛い乳首。昔より大きくなった気がする、とハイドは思う。
ヘテロセクシャルで女しか愛したことのなかったハイドは、今ではもうウィルクスの肉体に欲情するようになっていた。
ハイドは隣にいるパートナーをまじまじと見て、そっと手を伸ばし、水の中でウィルクスの小ぶりの尻をわしっとつかんだ。途端に、ウィルクスが背を反らす。
「な、なんですか」
怒った顔で見てくるパートナーに、ハイドは微笑みかけた。
「きみのお尻、小さくて可愛いね。下のほう、ちょっとぷにっとしてるし」
そう言ってやわやわと揉む。ハイドの大きく厚い手は、ウィルクスの尻たぶを包みこんでいた。
「や、やめてください、みんないるんですよ」
ウィルクスはまっとうに抗議するが、ハイドに抱き寄せられて黙った。肩を抱く手が下に降りて、ウィルクスの尻をやんわりと揉む。しばらく感触を味わったあと、指先をそっと尻のあいだにもぐりこませた。
「ひっ」
小さく喉を鳴らし、ウィルクスが身じろぎする。水面に波紋ができて、水しぶきがきらきら輝いた。若い女たちのはしゃぐ声が聞こえてくる。
パクストン伯爵は白い麻のジャケットを着てパナマ帽をかぶり、カクテル片手にプールサイドの老紳士と談笑していた。一口飲み、伯爵はハイドとウィルクスのほうをちらりと見た。自分たちがなにをしているのか見られた気がして、ウィルクスは全身真っ赤になる。
ハイドの指は引き締まった尻のあいだに入って、水着の上から蕾を擦った。水着がぴたっと貼りついて、指で触るとはっきり秘所がわかった。ウィルクスはうつむいてぷるぷる震えている。
プールで歓声がわきおこった。水面が揺れる。
「ひ、人が、いるから……っ」
ウィルクスはそう訴えるが、体は動かない。
ハイドの手が彼の腰を撫でる。ただ触るのではない、欲望のままに煽るようないやらしい手つきにウィルクスは反応した。手が水着の中に入ってくる。
じかに尻を熱い手で触られて、ウィルクスはとっさに両手で股間を覆っていた。そこはすでに反応している。しばらく揉まれたあと、ハイドの指先が蕾のふちをなぞった。秘所はきゅっとすぼまる。入ってきたらどうしよう。ウィルクスは赤くなったまま体を強張らせていた。それなのに、期待してしまう。
指は閉じた場所を優しく愛撫したあと、水着の中から出ていった。
「やっぱり、みんないるからだめだな」
ハイドは真っ赤になった耳元でそっとささやく。
はめられた、とウィルクスは思った。振り向いて、うるんだ目でつぶやく。
「く、車……で……」
うん、とハイドは据わった目で微笑む。
二人は十五分もしないうちに、早々にプールを出た。
「……ってことがあったひ! シドのすけべ!」
「うん、それは認める」
「あと、おれも」
ウィルクスはそう言ってしょんぼりした。
今夜、彼は酒が過ぎていた。車でしたあと、伯爵やパーティの参加者と顔を合わせるのが恥ずかしくて、酒に逃げたのだ。ハイドが心配しはじめた。そんな夫をカクテルパーティーが行われているラウンジの柱の陰に連れこんで、ウィルクスは熱烈にキスをした。それから、ハイドの股間に自らの腰を擦りつける。唖然としたハイドと、甘えてべたべたくっついていくウィルクスを見て、伯爵は「もう部屋に行ったら?」と言ったのだった。
そのあと二人はベッドで長々と愉しんだものの、ウィルクスは酔いが抜けず、今に至る。
彼は言いたいことを言ってしまうと、もぞもぞしたあとベッドから降りようとした。危なっかしくふらつくウィルクスに、ハイドは心配げな顔になる。腕をつかんで引き留めた。
「エド、どうしたんだ? トイレ?」
「はくひゃくと眠ってきまふ」
「え」
「は、はくひゃくとなら静かに眠れう気が……」
「だ、だめだよ」ハイドは慌てて起きあがり、ウィルクスの腰に両手をまわした。
「伯爵はゲイなんだ。それに、遊び人だし。きみ、食べられちゃうよ」
「おれなんか……おいひくないです」
「いや、きみはおいしい。伯爵にはあげたくないな」
そう言ってハイドが抱き寄せると、ウィルクスは力なく振り向いた。ぼんやりした目で夫の顔を見て、ぱたっと彼の胸に倒れる。
すやすやと眠りはじめたウィルクスを抱いて、体を横たえてやりながら、ハイドは思った。ふだんしっかりしてる人がぐだぐだになるとは、酒はおそろしい。そしてすばらしい。
剥きだしの背中に毛布をかけてやり、ハイドも横になって目を閉じた。いい夢を見た。
翌朝、爽やかに目覚めたウィルクスは隣であくびをしているハイドを見て、やや怒った顔で照れながら、「きのう、よかったです」と言った。
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