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探偵と刑事と初めての夜・一△
突然ながら、探偵×刑事の初めてだったときを書いてみました。
挿入編は、またいつか書きたいです。
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初めて恋人を部屋に入れた。
居間のソファに腰を下ろして、エドワード・ウィルクスはどきどきしながらそんなことを考える。自分が女みたいだな、と思った。
恋人と言っても、数年前に暮らしていた家に当時つきあっていた彼女を招き入れたことはある。そのときも、何事かあると思っていたし、実際あったけれど、そのときはペッティングだけだった。
今回は……。
ウィルクスは両手にホット・ワインの入ったカップを抱えたまま、凛々しいその顔立ちがさらに引き締まる。
今回、初めて今つきあっている人を部屋に入れた。なにかあるだろうか。でも、なくても不思議はない。
だって、今の恋人は同性だから。男同士。もちろん、あの人の肌が見たいと思う。ベッドに行きたい。でも、男同士でする方法なんてわからない。あの人もわかっていないだろう。だって、あの人はもともとがヘテロなんだから。
「……」
ウィルクスはカップをくるっと回すと、中身をごくごく飲んだ。体がかっと熱くなる。もし、なにかあったら? もしあの人が求めてくれたら? そのことばかりを考えてしまう。リモコンを手に、暖房の設定温度を一度下げる。落ち着きなく膝を揺らし、ラジオから流れる音楽にさえ心乱れた。
おれから求めたっていいんだ。
そう思うと、ウィルクスは体が震えそうになる。扉の外から声が聞こえた。
「そうだよ。その件についてはまたメールするから。うん。同業者にも聞いておくから、取材の依頼はきみがしろよ」
ウィルクスの十三歳年上の恋人、シドニー・C・ハイドがスマートフォンで電話をしながら部屋の中に入ってきた。手にホット・ワインのカップを持ち、ときおり飲んでいる。彼はウィルクスの目を見て、ごめんねと口を動かす。ウィルクスは大丈夫だと言いたくて、うなずいた。
ハイドは話を続けた。
「大きな探偵社とぼくのところじゃ、規模が違うと思うが……。きみもフランス人なんだから、フランスに探偵社やってる知り合いをつくればいいよ。え? もういる? それならわざわざこっちに来なくても……うん、それはかまわないが」
私立探偵のハイドはウィルクスの前に立ち、ワインを飲みながら作家の友人に優しく言った。
「なあイヴ、とにかく話はまたあとで。言っただろう? デートの途中なんだ」
ウィルクスの目を見て微笑む。
「うん、待たせてるから。そうだよ。可愛くて、いい子なんだ。……きみはよりどりみどりだろ。ぼくの裸? きみには見せないよ。そういうのは、恋人に見せるものだからね。うん、じゃあまた」
ハイドがさらりと言った言葉が胸に残って、ウィルクスの鼓動が高鳴る。思わず美貌が怖い顔になった。ハイドはにこにこして機嫌がいい。
「きみが作ってくれたホット・ワイン、うまいよ」
そう言って中身をまた一口飲むと、ウィルクスが座るソファの隣に腰を下ろした。青年はぎくっとする。かなり近くなのだ。膝が触れあいそうなほど。ウィルクスはもぞもぞしながら、さりげなく体を離してしまった。ハイドはそんな恋人の様子をじっと見る。それから、ぽつりと「ごめん」と言った。
焦ったのはウィルクスだった。
「そ、そんなつもりじゃ。ちょっと、緊張して」
必死で言い募ると、ハイドは首をかしげて微笑んだ。彫りの深い顔立ちがあたたかみのある、穏やかな表情を浮かべている。そのことにウィルクスは泣きそうになる。あなたはなにも悪くない、と思う。
「な、なにか、音楽聞きませんか?」
「そうだな。きみはたしか、ボブ・ディランが好きなんだよね」
覚えててくれた、とつきあいはじめて三か月のウィルクスは感激する。一度か二度、好きだという話をぽつりとしただけだ。彼は腰を上げて、コンポにCDをセットしようとした。そして気がついた。
ボブ・ディランは恋愛の甘い雰囲気には合わない。甘いラブソングもあるのに、そんなことを思ってしまう。CDを並べた棚の前で固まっているウィルクスを見て、ハイドが言った。
「あ、でもラジオのままでもいいよ。音楽を聴くより、きみとゆっくりしゃべりたいな」
そうですね、と言ってウィルクスはソファに戻ってきた。
第二次大戦後につくられたこのフラットは気密性がよく、冬はあたたかい。部屋は適度に片づけられている。家具付きでウィルクスが借りていて、居間にはソファと食卓と、テレビやコンポや本棚がごっちゃになって詰めこまれていた。
ウィルクスはこの生活感あふれる居間を出て、寝室に行くにはどうしたらいいんだろうと思っていた。
「キスしていいか?」
急にハイドがささやいて、ウィルクスは勢いよく振り向く。
「あ……」とつぶやき、「はい」とうなずいた。
ハイドはカップをソファの前の低いテーブルの上に置いて、ウィルクスの顎を軽くつかみ、キスをしてきた。ウィルクスも目を閉じる。
軽いキスだと思いこんでいたら、深いものだった。ウィルクスが口を開けるとハイドが舌をすべりこませる。軽く舌先が当たり、くちゅっと小さな音が鳴った。流れる血が耳の中でどくどくと音を立てる。ウィルクスは耳まで赤くして、舌を絡めてくるハイドに必死で応えようとした。
手を繋ぐようにキスを深め、舌と舌で探りあう。
「ん……」
ウィルクスはキスの合間に息継ぎをしながら甘い吐息を漏らした。ハイドは優しく、そして激しく求めてくる。
キス、そこまで下手じゃありませんように。ウィルクスは祈るように思いながら、ハイドの舌に舌を絡める。そのとき、彼の大きく厚みのある手がウィルクスのセーターの中に入ってきた。
剥きだしの手が素肌に触れる。ウィルクスはぷるっと震えた。急に肌が外気に当たってスースーするものの、全身が熱くなっているので寒いとは感じない。ハイドの手が平らな腹を撫でる。彼の手も熱く燃えていた。
くすぐったくて、ウィルクスは身じろぎした。それでも、キスを続けているため制止の言葉が出てこない。
ハイドの手は上にのぼって、ウィルクスの薄い胸に触れた。ぴくっと跳ねる恋人に気がつきつつ、指が胸の突起に触れる。電流が走って、ウィルクスは身をすくませた。
うそだ、気持ちいい。
その事実に気がついて、彼の頭の中で血がドクドク流れた。体が熱くなる。勃っちゃう、と焦ったが、焦るまでもなくすでに分身は身をもたげている。
指は柔らかく触れた。硬くなり、小さな種のようになっている乳首に羽根のように触れる。ウィルクスが身じろぎすると、ハイドは乳首をつまみ、やや力を込めて引っぱった。痛みと共に快感が走り、ウィルクスはぷるぷる震える。
それでも、キスを続けているため逃れられない。ハイドから入念に愛されて、ウィルクスは全身がとろけそうだった。絡みあう舌も熱でとろけていくように感じる。ウィルクスは慎みを忘れて貪りついていた。
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