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探偵と刑事と靴・一

 シドニー・C・ハイドは贈り物をするのが好きである。  おおらかで気前のいい性格と、喜んでもらえることが好きで、そういうシーン(誕生日とか、お祝いとか、なにかの記念日とか)ではなにかとプレセントをする。ハイドの観察眼と選択眼はすばらしく、贈り物を受け取った相手はたいてい喜ぶ。彼にプレゼント選びのアドバイスをもらいたいという人間もいるほどだ。  ハイドは男だが、同性だけでなく、女相手に贈るプレゼントも定評がある。昔の彼女や別れた妻もみんな喜んで感激した。ハイドはふだんから人の言動に注意を払っているため、同性でも異性でも、相手がほしがっているものを把握できた。受けとった人々は「さすが私立探偵」と言って満面の笑みになる。  その贈り物好きが、今は同性のパートナー相手に発揮されている。  ハイドは十三歳下の青年、刑事のエドワード・ウィルクスと結婚している。そして彼にいろいろな贈り物をする。主に服と靴である。  二月がはじまったばかりのその夜も、ハイドはプレゼントを用意していた。風呂上がり、ウィルクスは濡れた髪を拭きながら、グレーのスウェットの上下と素足にスリッパで、居間兼探偵事務所のソファに座っていた。テーブルに置いたレモネードをときおり口に運ぶ。  その姿を大型の仕事机の向こうから見ていたハイドは、にこにこと明るい笑顔を浮かべた。 「すっかりきれいになったね」 「ああ」ウィルクスはハイドのほうに顔を向けて苦笑した。 「犯人が炭小屋なんかに隠れているからあんなことになったんですよ。職場の椅子にも座れませんでした。この家も、どこも汚してないといいんですが」 「大丈夫だよ、エド。それから、語弊があった。きみはいつも、ずっときれいな人だからな」  ウィルクスはかすかに赤くなった。怒った顔でちらりとハイドを見る。彼は気にせず、「ところで」と言った。 「きみが帰ってきたら渡したいと思ってるものがあるんだ。プレゼントだよ」  ウィルクスはソファの中で背筋を伸ばし、「おれがあなたに贈らなくちゃいけないのに」と言った。ハイドはにこにこしている。ウィルクスはやや強い口調で言った。 「もうすぐあなたの誕生日ですよね。おれはいつももらってばかりだ。誕生日でもないのに……」 「いいんだよ、エド。ぼくがしたいからしてることなんだ」  ウィルクスは黙ったが、かすかに照れたように笑った。お礼を言うのが遅くなったと思った。いつも鋭い焦げ茶色の目を輝かせて、「ありがとうございます」と言う。ハイドはすでに満足そうだった。彼は椅子から立ちあがって言った。 「じゃあ、行こう」  ウィルクスが首をかしげると、ハイドは彼のそばに歩み寄った。ウィルクスを見下ろす。大柄な夫の体を彼はぼんやりと見上げた。身長がほとんど変わらないのにハイドさんが大きく見えるのは、この人の逞しさと、おおらかな性格のゆえなのかな……。  ハイドは手を伸ばし、パートナーの頬を指の背で撫でた。ウィルクスはぽわんとした表情だ。お気に入りの場所をご主人様に撫でてもらった犬のように、すでにうっとりしている。  しかし、ウィルクスはすぐにしゃんとなった。弛緩した顔を引き締め、刑事として勤務中のときのように凛々しい目になる。 「行くってどこへ?」  尋ねると、ハイドは微笑んでウィルクスを抱きあげた。彼は「わっ」と言ってハイドにしがみつく。ハイドは軽々とパートナーを抱え、居間を大股で横切りはじめた。スリッパが床に落ちる。ウィルクスは彼にしっかりしがみついて、ぶっきらぼうに「一人で歩けます」と言った。  ハイドは上機嫌だった。優しく彼の体を抱いて、「少しでもきみに触れていたいから」と耳元でささやく。  タラシなんですから、と言ったウィルクスは怒った顔で、真っ赤だった。 ◯  ハイドに抱えられて、ウィルクスは寝室に連れてこられた。彼らはふだん、寝室を別々にしている。ダブルベッドを置ける寝室がないためで、ウィルクスはこの家に越してきて以来、客用寝室を自分の寝室にして、そこで眠っている。  ウィルクスが連れてこられたのはハイドの寝室だった。すでに暖房が入れられている。  頑丈で簡素なベッドの脇に、大きな白い紙袋が置かれていた。エレガントなネイビーの字で店名が書かれている。ファッションに詳しくないウィルクスにとっては知らない店の名前だった。しかし、絶対に高級店だ。彼でもそれは確信できる。前例がすべてそうだったのだ。  ハイドはパートナーをベッドの上に下ろすと、紙袋の上にかがんでごそごそしはじめた。ウィルクスはなすすべもなくベッドに座り、そんな夫を見ている。 「合うといいんだが」  ハイドの言葉にウィルクスは微笑む。 「あなたの選ぶ服はいつも魔法みたいにぴったりだ。靴も結婚指輪も」 「探偵だからね」 「そう言われると、畏敬の念と恐怖を感じます」 「プラス、愛情だよ」  飄々と言って、ハイドは袋から白い箱をとり出した。床に置き、蓋を開ける。革靴がきれいに並べられておさまっていた。黒のウィング・チップ。美しく品格のあるそれにウィルクスは目を丸くする。 「すごくすてきだ」彼はつぶやいて、困ったように笑った。 「でも、おれが身につけるには格が高すぎる。靴に負けますよ。おれ、ファッションセンスもないし……」 「そんなことない」ハイドはきっぱり言った。「きみはなにを着てもさまになる。ものすごい美男だし、背が高くて痩せてて、モデルみたいだ」 「でも……」  ファッションのこととなると自信のないウィルクスとは反対で、ハイドは自分の見識に自信満々のようだ。勇気づけるようにウィルクスの膝を叩く。

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