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探偵と刑事と靴・二
シド、おしゃれだからな。ウィルクスはそう思って、このひとが似合うと言ってくれるなら、と思い直した。そうだ、シドにコーディネートしてもらおう。そう思って深刻な顔が明るくなる。すでに、ウィルクスの小さなクローゼットの中はハイドが贈った服でいっぱいだった。
ハイドは年下の男の足元に跪いた。
両手でウィルクスの裸の足に触れる。ウィルクスはどきっとした。厚みのある大きな手が恭しく足を包む。ハイドの右手は足首のほうにすべった。足の裏に添えられた四本の指が上へすべると、彼はくすぐったさとともにぞくっとする。
ハイドは両手を足に添えたまま、ウィルクスの足の親指にキスした。爪先がぴくっと跳ねる。ハイドの唇は熱っぽく、静かだった。ウィルクスを支配する力に満ちていた。唇は足の甲に這い、ハイドはそこに何度も口づけた。かすかに鼻先が当たる。
「シド……」
ウィルクスは爪先に力を入れたままつぶやいた。恭しく手を添えられているようでいて、彼はハイドにしっかり捕まっていると感じた。いつもそうだとふいに思った。優しくて、穏やかで、おおらかで、シドはいつもおれを自由にさせてくれる。おれが笑っていても、怒っていても、泣いていても、シドのことを許せないときでも、いつも微笑んで受け入れてくれる。
そういう形でこのひとはおれを捕らえている。もう逃げることはできない。
そう思うと、ウィルクスの爪先から力が抜けた。ハイドの唇はまだキスを続けている。
親指にキスし、くるぶしの骨に触れる。甲にキスし、浮いた血管の上をなぞった。唇が触れる感触はくすぐったくて、ウィルクスは熱病にかかったように震える。
「シド、シド……」
そっとささやくと、ハイドは唇を押しつけて顔を上げた。狼のように見える彫りの深い顔立ちは穏やかで、優しかった。にこっと笑う。ウィルクスもつられて笑った。ハイドの笑顔に心も肉体も吸い寄せられる。
「サイズ、合うといいんだが」
ハイドはそう言ってウィルクスの足から手を下ろすと、箱から靴をとり出した。傷も曇りもなく、磨かれてつやつやと光り、革のにおいがする。紐をほどき、緩めると、ハイドは靴を手にした。
片手でウィルクスのかかとに手を添え、靴を履かせる。おろしたてでスムーズにはいかないが、ハイドはウィルクスの足が傷つかないように、慎重に履かせていく。足が靴の中におさまると、紐をきちんと結んだ。
「どうかな?」
ハイドのその声に、ウィルクスはまじまじと自分の右足を見る。黒い靴を見て、自分でも似合っていると思った。まるでシンデレラだと思う。
「きつくない? 合ってるか?」
覗きこんでくるハイドに、ウィルクスは微笑みかけた。
「靴下、履いて試さないと」
「あ、そうだった」
「でも、大丈夫だと思います」
「薄い靴下をプレゼントするよ。絹の黒」
ウィルクスは跪いている夫の頬を撫でた。力を入れず引っぱると、ハイドは目をきらきらさせている。
「もう片方も履いてみてくれ」
そう言って、左足にも同じように靴を履かせはじめた。ウィルクスは夫のしぐさをぼんやりと見ている。年上の大柄な男が這いつくばるようにして靴を履かせてくれる。そのことがとてもうれしくて、無性に興奮した。
丁寧にもう片方を履かせ終えると、ハイドは「立って」と言った。ウィルクスはベッドから立ちあがる。靴は足に添って、包みこむようだった。それなりに重く、固い革が、「靴を履いている」ということを実感させる。ハイドは跪いたまま、彼を見上げた。二人は見つめあった。
ウィルクスが夫の頬を撫でる。ふたたびベッドに腰を下ろすと、ハイドが覆いかぶさってきた。彼らは顔を近づけて見つめあった。キスさえできそうな距離だった。
「よく似合ってるよ、エド」
ささやくハイドの目を覗きこみ、ウィルクスはうれしくてたまらなくなる。夫の目には欲望が輝いていた。その熱は、いまウィルクスの目に浮かんでいるものと同じだった。
ベッドに仰向けに倒れたウィルクスをハイドが組み敷く。夫のにおいがウィルクスの鼻腔に触れる。青い目は怖いくらい真剣で、飢えていた。優しくありながら荒々しかった。
「靴……」ウィルクスは夫を見上げたままつぶやく。「履いて、あなたとデートしたい」
「おろしたてだから、靴擦れしちゃうかもしれないな」
ハイドがささやくと、ウィルクスは緩んだ顔で微笑んだ。
「もしそうなったら、また抱っこしてください。さっきみたいに」
そうだね、とハイドは言った。
「いつでも抱っこするからね」
はい、とウィルクスはうなずいた。黙ってキスをする。
愛する人にもらった靴が、伸びた爪先を包んでかすかに光っている。
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