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探偵と刑事とバラ・二

 それから一週間もしないうちに、ウィルクスはナイルズ・ワイルダーと再会した。まさに不意打ちだった。  ドラッグ・ストアの棚の前で、コンドームを真剣に選んでいるところを後ろから声をかけられるなんて。 「ウィルクスさん、こんばんは」  後ろから弾んだ声で声をかけられて、ウィルクスはびくっとして勢いよく振り向いた。両手にはコンドームの箱を持ったままだ。赤くなると、ナイルズは動揺した素振りも見せず、ちらっと二つの箱に視線を落とした。 「大事だよね、そういうやつで左右されたりするもん」  ウィルクスは赤くなったまま、眉を吊り上げた。それでも、毅然とした顔をしようとする。そんな表情がナイルズの心に火をつけた。もっと困らせたいと思う。だから、あえて気安く「なにしてるの?」と尋ねた。 「か……買い物だよ。きみは?」 「おれも買い物」ナイルズはちらりと買い物かごの中に視線を向ける。カラフルなグミ、菓子パン、洗濯用洗剤が入っていた。にっこり笑う。 「会えてうれしいな、ウィルクスさん。元気にしてました?」  ウィルクスも表情をふっと緩めた。うなずき、「忙しいけど元気だよ」と言った。 「休み?」とナイルズはウィルクスの格好を上から下まで眺める。厚手のグレーのパーカー、カーキのスキニータイプのチノパンツ、黒い編み上げブーツ。 「ださくなくてよかった」と言うナイルズに、ウィルクスは苦笑する。腕時計を見た。夜八時過ぎ。 「今日は休み。きみは?」 「おれは学校帰り。ここで買い物するのが日課なんだ。それよりウィルクスさん、今度、うち遊びに来てよ」 「でも仕事、詰まってるから。休みも不規則だし、呼び出しがあるとずっと出なきゃいけないんだ。安請け合いはできないよ」 「やっぱり刑事、忙しいんだ。ウィルクスさんはどこの部署なの?」 「おれはSCO1(殺人・重大犯罪対策指令部)」  特殊な用語なのでわからないかとウィルクスは思ったが、ナイルズは「ああ」という顔をする。それからいたずらっぽく笑った。 「息抜きに、来てよ」  親、結婚式に出る予定でいないんだ。そのことは伏せておく。ウィルクスは真剣に考える顔になる。 「いつ?」 「来週の木曜日」 「そうだな、夜か?」 「うん、夜。いっしょにポップコーンつくらない?」 「子ども」そう言って、ウィルクスは笑った。「おれもポップコーン好きなんだ。じゃあ、仕事が早く終わったらな」  やった、とナイルズが歓声をあげる。ウィルクスも笑って、両手にコンドームを持っていたことをすっかり忘れていた。  そのとき、後ろから低く落ち着いた声がした。 「エド?」  ウィルクスは驚いて振り返る。夫のハイドが立っていた。彼はかごの中にビール瓶やコーラの瓶を入れていた。ダッフルコート姿で、茶色いセーターを着ている。すぐにナイルズに気がついて首をかしげたので、ウィルクスが言った。 「シド、この子が前に話した、弁護士を目指してる男の子。ナイルズ・ワイルダーです。……ナイルズ、このひと、おれの結婚相手。シドニー・C・ハイドさん」  ナイルズは目を丸くする。ウィルクスは痛みを覚えた。「わたしの結婚相手です」そう言って、男を紹介する。そのとき、ウィルクスがいつも感じる痛みだった。ナイルズは「こんばんは」と言った。 「ナイルズ・ワイルダーです。初めまして」 「初めまして」ハイドは笑顔でナイルズにうなずき返した。 「でかい」  ナイルズがつぶやいて、ウィルクスは笑う。 「でかいだろ、この人。百九十近くあるよ」 「いいな。おれ、百七十四くらいで。でもこれから伸びると思ってます」 「うん」ハイドがうなずく。「ウィルクス君も十七歳から身長が伸びたって言ってたから、きみもそうなるかもしれないね。いくつ?」 「十七です。未来に賭けてもいいかもしれない」  笑うハイドに笑顔を返し、ナイルズはちらりとそばにたたずむウィルクスを見た。 「ウィルクスさん、おれ、バイなんだ。だから安心して」  ウィルクスは驚いた顔をしたが、うん、と表情を緩めた。その顔がナイルズの胸に焼きつく。彼は自分よりはるかに大きく、逞しいハイドに向き直った。 「ウィルクスさんに、今度うちに遊びに来てくれないかってお誘いしたんです。かまわないでしょうか?」 「もちろん」 「よかった。じゃあ、ウィルクスさん」ナイルズはウィルクスを見て手を振った。 「八時半にここのドラッグストアの入り口に集合。おれは十五分待って、来なかったらその日は帰るから。約束だよ。うまいポップコーンの豆、用意して待ってるから」  ああ、約束だ。ウィルクスもそう言って片手を挙げた。ナイルズは並んで立つ二人の男を見ると、サプリメントでぎっしり埋まった棚を曲がって、レジのほうに向かった。 「きみは気に入られてるんだな」  そう言ったハイドのかごの中に、ウィルクスはコンドームの箱を落とす。 「兄貴みたいなものですかね」 「兄貴か。きみは面倒見がいいお兄さんだからね。でも」ハイドはじっとパートナーを見て、言った。「気をつけて」 「なにがです?」 「ナイルズはバイだって言った。……惚れられてるかも」 「ええ?」ウィルクスは笑った。「まさか。おれなんて」 「きみはいつもそう言うな。自分に好意が向けられていることを否定したり、軽く考える。でもきみは魅力的だよ。それがわからないのか?」 「……シド、怒ってるんですか?」  こわばった顔になるウィルクスに、ハイドは首を横に振った。 「いや。……きみは自分がどんなに愛されてるか知らないんだ。今夜、ベッドで思い知らせてあげるよ」  耳元で、低い声でささやくハイドを、ウィルクスは赤くなった顔で睨む。それから、その表情が蕩けた。「はい」とささやいて、夫にすり寄る。  二人は寄り添ってレジに向かった。

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