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第4話 悪魔の絵画クラブ

 後悔しても遅い。  心優しい猪羽教授が主催する絵画クラブは別の顔を持っていた。  ジェネラルクラスは一般生徒向け。美術大学に通う学生であれば、教授の授業を履修していなくても、誰でも分け隔てなく加入できる。  もう一つの顔は、ハイクラス・コース。ハイクラスの会員は貴族家出身者。年齢は問わずだ。  プロ芸術家の推薦状が必須と謳っているため、優秀な生徒向けと思われている。  裏の顔の実態を知るのは会員と教授。当事者に限られた。  金はあるところにはある。  教授が金持ちの興味を惹きそうなものを見つけて発表し、作品を皆で愛でる。といった非常に低劣な会であったが、見返りに教授は多額のチップを受け取っていた。  貴族は暇で、大衆を卑下し、大衆よりも偉いと確信できる遊びが大好きなのだ。  そのひとつがこれ。臓物を啜るような行いだとしても、それを愉しんでしてみせる己れに酔っていた。  終戦直後の現在。流行りは壊れた兵士だった。  本物の地獄を知らない悪魔達は兵士をいたぶると歓び、高らかに笑いながら唾を飛ばす。  最終的に兵士は精神を病んでしまうため、雀の涙ほどの報酬に文句も言えなくなっている。教授は酒屋で酒を奢るのにわずかな金を支払ったのみで、会員費に加えてチップ全額を手に入れる流れだった。 「ではでは皆さま、出して頂いた案の中から順番に作品を飾って行きましょう」  教授の声が、譲の耳に響いた。くぐもっていて、水の中に沈んでいるように聞こえる。  疲弊した脳みそは、意識を保つのが難しい。むしろ、眠ってしまいたかった。 「お待ちください」 「おや、アゴール様、いかがされましたか?」 「彼を。その作品を買取りたいのだが。できれば今の状態で。私はこれ以上の手が加えられることを望まない」  真っ直ぐに手を挙げ、そう述べるのはヴィクトル=アゴール。爵位は公爵。当クラブでは最高位に値する人物であった。  歳は二十とも三十とも噂され、生誕した年月日は明かされていなかった。長身と端正な顔、プラチナブロンドと碧眼が美しい男で、天の女神の腹から生まれ落ちたとも浮説(ふせつ)が流れるほどだった。  美しいと形容されながらも体躯は男らしく、青い双眸は強い光を宿している。 「アゴール様は久方ぶりのお越しでいらっしゃいますね。希望を叶えて差し上げたいのはやまやまですが、完成前に本日の鑑賞会を中断することを他の方々はお許しになりますでしょうか」  ヴィクトルは凛々しい眉を顰め、眉間に皺を寄せる。 「ならば、この場にいる人間は好きな額を言え。全員に金を払おう」  室内が騒めいた。  教授は頬に活き活きとした火照り色を浮かべ、ぎゅっぎゅっと手を揉んだ。 「・・・・・・み、皆様。決めるのは生徒の皆様ですぞ」  一時的に室内はしんと静まったが、ほとんどの生徒は同じ口を開く。 「しっ、しかし、我々はショーを愉しみにして来ている。庶民と違い、我々は金を欲していないっ」  と、心にもないことを恐々と述べる。  金に屈したと思われないために、世間体のためだった。 「と、時に」  一人の勇敢な年嵩のある生徒がヴィクトルに対抗して話し始めた。 「ご友人はどうされたのだ? 公爵は彼に連れられて一度来たきり、まだ正式な会員とは呼べぬのでは? そんな者に我々の愉しみを売ることはできん」 「伯爵殿。年の功の分だけ、失言を聞かなかったことにしてやる」  意見を申した生徒——伯爵は、悲鳴を漏らして縮こまった。 「私の古き学友は死にました。正確には殺されたと言いましょうか。発見時には身体中をナイフで滅多刺しの酷い状態でした」  全員の顔が凍る。 「もうお解りですね? 先日ここで愛でられたという兵士の仕業でした。皆様もどうかお気をつけを。あまり虐めてしまうと、本日の作品からもきっと恐ろしい恨みを買います。私の学友は先日、作品を嬉々として痛めつけたそうですから。特に猪羽教授。貴殿は優先的に狙われるでしょうね。もしも、本日の出品作を譲ってくださるのなら、口利きの刑事に警護を頼んでやらんでもないが。いかがする?」

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