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第12話 入浴

 汚れた身体を清めるため、譲は浴室に運ばれていた。  抵抗しなかった。いや出来なかった。譲をベッドから立たせる時に、両脇を支えてくれたヴィクトルが想像していたよりもぐっと力強かったのだ。  体格差は一目瞭然だった。  譲は祖国の人間の人となりに比べて身長のある方だが、ヴィクトルには遠く及ばないと横に並んで改めて気づかされた。  左脚を失った譲の、おぼつかない足取りを導く体躯は安定感があり、体重を預けてもびくともせず安心させてくれた。  そのせいもあり譲は意気消沈し、女々しく泣き言を連ねている。 「落ち込む必要はないんだよ、譲」 「無理、もう嫌だ」 「そんなことはない。身体は洗い流せばいいんだから。その服は洗濯して、新しい物を着ればいい」 「・・・・・・うん、そうする。そうしたい。早く綺麗にしてくれよ」 「ああ、ほら着いたよ。頑張って歩いたね」  ヴィクトルがドアを開けると、張られた湯から仄かに甘いホワイトムスクの香りが漂う。  浴室の広さはさすが公爵邸といったところ。手前に洗面台、奥にパーテションを挟んで丸っこいバスタブが置いてあり、壁にシャワーがあった。  洗面台の座り台に腰掛けるよう命じられ、譲は大人しく誘導されるがままに座った。  ヴィクトルは身を屈めると、譲の右脚首につけた枷を外す。 「外していいのか?」 「湯に入るのに電流は命取りだ。さあ、腕も出して。自分で課した拘束具で死ぬなんて間抜けな死に方はしたくない」 「はは、ごもっともだな」  枷を外して貰い、譲の両手首は自由になった。  譲の胸が激しく鼓動する。逃げるなら、今。最大のチャンスだ。 「公爵、だけど不用心じゃないか?」 「うん?」 「俺を脅す枷が無くなったぞ」 「そりゃ、そうだけど」  だがヴィクトルは余裕綽々の笑みを見せた。 「バスルームのドアは鍵が閉まっているし、鍵はここにしまう」  そう言って、ヴィクトルがぎりぎり背伸びして届く棚の上に置く。 「はい。これで譲は私の助けが無ければ、バスルームから出られなくなった。泣いても喚いても、使用人の助けは来ない。片脚を失った君にドアを破壊できるかな?」 「卑怯だ」 「そうかい? そうかもしれないね。でも入浴するだけなんだから大人しくしていなさい。危害は加えないよ」  野生動物じゃあるまいしと続けて笑われ、譲はチャンスを諦めて捨てた。 「・・・わかったよ」 「うん、良い子だね。譲は良い子だ」 「ちっ」  ヴィクトルはジャケットを脱いで、シャツの袖とズボンの裾を捲り上げ、譲の服を脱がしにかかった。  シャツのボタンを起用に外す指。整えられた爪や指先は泥汚れを知らない綺麗なものだった。  噛み付いてやろうかと思ったが、野生動物が頭をよぎり、それもやめた。  譲は従順に従って裸にされ、粗相で汚れた衣服を一瞥する。  失禁した時の感覚が甦って、動悸が強くなる。羞恥心で頭に血がのぼってしまい、譲は慌てて目を逸らした。 「湯に浸かるのは身体を流してからにしようね」 「・・・・・・」  無言のまま、再び抱き抱えられて移動すると、タイル床の上に座らされる。パーテションの奥にあったバスタブの湯は近くで見ると淡い乳白色だ。高価な入浴剤に違いなく、とろとろしていて甘い香りがひときわ強い。 「適当に流すだけでいい。湯を準備しなくても冷水で済ませればいい」  譲は吐き捨てた。 「私が嫌なんだよ。風邪をひいてしまう」 「・・・・・・公爵、あんたさ、変だよ。何がしたい?」 「私は賀伊譲を丸ごと買った。私は私の好きなように譲を扱う。譲は私の可愛いお人形さ。言ったはずだよ。愛情を込めて可愛がるし、私の許せる範囲を超えるなら、君を躾ける手段は(いと)わない」  にっこりと笑いながら、ヴィクトルが銀のシャワーヘッドを手に取る。

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