77 / 102
第77話 計画のあらまし
朝食を取った譲とナガトは早い時間のうちに地下広場に呼ばれた。しかし集まっていたのは数名。五人を一班とする小隊が二つ。
それとトーマス市長秘書と、アレグサンダーだ。
「皆、おはよう。今作戦のあらましを伝える」
アレグサンダーが話し始める。
これから選抜隊は軍艦テティスに乗り、海岸に沿って船を進めるという。
まずは北方向に半日程、首都最寄のレニーランド港に船を入れて、べコックの王族と国家元首、他の参謀官ら招待客を乗せる。
その後、ロイシア国に向けて進路を変え、海峡を渡り、エルマー商会が所有するカトホナ港に着港予定となっている。イザークと合流し、べコック同様にロイシアの国王陛下と側近達、招待客を乗せ、セレモニー会場であるセボンアイランドへ行く。
セボンアイランドはダビィ海峡の無人島。
戦争時に激戦地となった島のひとつ。
譲が片脚を失った場所だ。
両国に掛かる橋は平和への願いを込めて建設されている為、その意を国民に示しているのだろう。
セレモニーを終えた後は、ロイシアの賓客を乗せたままべコックに帰国。レニーランド港で全員を降ろす。彼等は首都で別の催しに参加する予定があった。
本来ならば、国から託された任務はここで完了となる。
全行程で四日。最後の日に、軍艦テティスはレニーランド港ではなく、イェスプーン港に戻ってくるのだ。
そこで大勢の革命軍が待ち構えているという計画である。
「ここに集まっている精鋭達には、テティスの乗務員に扮して賓客達を監視する役目を担って貰うが、途中でそれぞれに任務を与えている」
続くアレグサンダーの発言に譲の緊張感が高まる。
そしてふと気づくと、皆が表情を引き締めたのがわかった。
ナガトもだ。
「計画が終了する四日の間に必ずや完遂させて欲しい」
アレグサンダーが話を終えると、皆が軍敬礼を行う。
(伝達は以上? これだけで終わりか?)
余りにも不十分で譲は目を白黒させる。アレグサンダーは下を向いた譲に思うところがあったのか、次の行動に移る前に付け加えた。
「言い忘れていた。一つ、大事なことだ」
譲は視線を上げる。
「各々のターゲットを自分以外の人間に漏らしてはならない。たとえ仲間であろうとだ。これは万が一の為である。任務に失敗し捕まれば、拷問をされるだろう。そうした時にも、相手方に無用な情報を与えない為の策だ。仲間を守る為と心得よ」
「はっ、了解しました」
そうは言うが、アレクサンダーが自身を盛り上げる為のゲームの設定のような気がしてならない。
だが譲が口を開くより先に、他のメンバーが承諾してしまう。全員がそれに倣ったので、譲は何も言えなくなった。
解散後、用意された制服に着替えをする。
純白の詰め襟に、袖には金刺繍のライン。来賓をもてなすには相応しい服装だった。
「ボスの代の海兵隊の軍服だ。ボスは粋だな、未だに憧れの高い制服だぞ。誰も俺達を反逆者だとは思わないだろう」
ナガトもいつものライフルジャケットを脱ぎ、同じものに着替えをする。
「へぇ、まあ、かっこいいな」
譲は仕上げにベレー帽を被り、鏡の前に立った。
「脚の調子は?」
「上々だ、お前よりも速く走れるかもな」
「どうだかな」
今のは軽口のやり取りだが、海に落ちてしまわない限りは自由に使いこなせるのは本当だ。
何をするにも身体が資本。この一カ月は鈍って落ちた筋肉を取り戻すのに時間を注いだ。
ヴィクトルが現れなければ無駄になるが、無駄になってくれたら嬉しい。
イザークが随時見張っているのだと予想されるものの、アレグサンダーを通じてヴィクトルの現状が知らされることはなかった。
イザーク本人とは、此度の計画で久しぶりに顔を合わせる。
明日の昼だ・・・もしセレモニーに参加するという選択をしたなら、ヴィクトルとの再会もその時になる。
(怖がるな、なるようになる。やるしかないんだ)
譲はベレー帽を目深く被り直して、鏡に映った自分の怯んだ顔を睨んだ。
「準備はいいな? 行くぞ」
声をかけられ、鏡の自分から視線を外す。
「よし」
支度を完了させて船着場に出向くと、静寂に覆われていた街が熱狂する市民で溢れていた。
ひと足早く準備を終えていたアレグサンダーが軍艦テティスの甲板をステージ代わりにして登壇し、勇ましい姿を見せている。譲達と揃いの純白の詰め襟に、アレグサンダーはキャプテンハットを脇に抱える。
近づくと、熱弁をふるう声が譲の耳に届いた。
「びびんなくて大丈夫さ」
ナガトが譲の背中をどんと拳で叩く。
宿舎を出発した後も無意識に緊張させていたらしい。
「にこやかに手を振ってやろうぜ、俺らがそんなだと市民が不安になる」
「ああ、そうだな」
譲は「ありがとう」と笑顔を作り、艦へ渡されたタラップを登った。
ともだちにシェアしよう!