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第83話 カトホナ港に到着

 定刻通りに艦はカトホナ港に入るとトーマスより伝達を受け、譲はナガトに一言断り部屋に戻る。この時の為に支給されていたサイレンサー付きの十ミリオート口径と、ジャックナイフを軍服の下に忍ばせた。  このどちらか、あるいは両方を用いて、一度はヴィクトルを殺したように見せなければならない。  ナガトに目撃させた後はヴィクトルを説得して身を隠させ、最終目的地イェスプスーンの港で市街に逃す。  その後のことは彼自身で何とか生き延びて貰うしかないが、混乱に陥った街からならそれ程難しくなく逃げ出せるはずだ。  ヴィクトルの遺体は、革命軍が乗船客達を襲っている乱戦の最中に見失ったと説明する。  ここまでがとりあえず自分の中で決めてある計画だ。  必ず達成させる。  アレグサンダーから与えられている猶予もそこまでだ。  現時点から軍艦テティスがイェスプスーンに帰港する二日間弱がリミット。 (顔を見せれば向こうから接触してくるだろうか・・・・・・)  そうあってくれれば計画が容易に進められる。  と、部屋にノック音が響いた。 「譲、早く位置に付くぞ」  自分では急いで準備に戻ったつもりだったが、悠長にしていたらしい。呼びにきたナガトの声だった。 「おう、悪いな」  譲は自室を出ると、鍵を閉める。 「ん? 埃か何かついてるか?」  背後にやたらとナガトの視線を感じ、ベレー帽を脱いで手で払ってから被り直す。 「ああ、埃がついてた。だがこれで大丈夫だ、取れた」  ナガトが頷いて譲の襟足を軽く払った。 「そうか、ありがとう」 「よし急ぐぞ」 「了解」  譲はナガトと共に最下デッキから甲板に上がり、後ろの列に先鋭隊の仲間の顔を見つけて横に並んだ。  甲板上はロイシアの王侯貴族を出迎える為に、べコックの要人が出揃い厳戒態勢が整えられている。  注目を集めるのは前列に並んだ国家元首、側近大臣、参謀長官、その他もろもろの顔ぶれ。  べコック政府に雇われた乗組員らは白い海兵隊の軍服を着用しており、譲は彼等の列に紛れてしまった。  主役は乗組員ではないので異論はないのだが、同じ服装をしている集団の中で自分を見つけて貰えるか、しばし不安に駆られる。  何より最後列に潜むように立っていては港の様子がよく見えない。乗船に使うタラップの設置位置も、もろもろと述べた人間達の背に隠れているのだ。  ここで体格の小ささが妨げになるとは。背伸びをしてみるという不恰好な真似はできないし、かと言って乗り込んでくるヴィクトルを見逃したくない。 「ナガト・・・ナガト・・・・・・」  譲はこそっと声をかける。  ナガトが視線を下げた。  これは彼に譲のターゲットを暗に伝える良いチャンスだ。 「乗船客の容姿を伝えて欲しい。男性客だけでいいよ。ナガトの背丈なら見えるだろう?」 「見えるが、・・・・・・ああ了解した」 「助かるよ」  ナガトは何かしらの意図があると感じ取ってくれたようだ。  やがて軍艦テティスがカトホナ港に横づけされると、国家元首の挨拶がなされ、賓客の乗船が開始された。  さすが上流階級同士の交流といったところ、顔を合わせれば社交辞令を交わし合いながら進む為に時間がかかる。  昼時で幸いに天気が良く、ちりちりと太陽が照りつける中、譲はじっと軍敬礼の姿勢を取り、ナガトに耳打ちされる声に耳を傾けていた。  まだか、まだか・・・と思っていると、ナガトが「あっ」と小さく声を上げた。 「アゴール公爵だ」 「・・・・・・そうか」  ついに来た。手に汗が滲む。 「誰か同行者がいるだろうか? 見えるか?」 「待て、あれは、成程、だから最後の順番で乗船したのか」 「どうしたんだ」 「王太子殿下と一緒だ。人混みが緩和するのを待っていたのだな。今、近衛兵に囲まれて乗り込んだよ。イザークさんが先導している」 「了解、ありがとう」  譲は唇を舐めた。緊張でカサカサに渇いている。  確か、ヴィクトルの屋敷で軟禁されていた頃も王太子殿下の名前がよく出てきていた。  ロマンにして貰った話でも、ヴィクトルの話の中でも、頻繁に耳にした記憶がある。  だとすると、外でアゴール公爵の最も身近にいる人間が王太子殿下であるのかもしれない。 「行動を共にしているかも。王太子殿下に近づくのは厄介だぞ・・・・・・」  そんな譲の呟きをナガトが拾う。 「王太子殿下?」 「ああ、困ってる」  譲は策を立てることに没頭しており、何気なく返してしまった。  ナガトの勘違いに気づく前に艦が港を出航し、散り散りに乗組員が持ち場に戻っていく。そのことに気を取られ、自らの発言は頭の隅から流れてしまっていた。

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