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第84話 再会の時

 ロイシアの賓客を乗せ終えた艦は一層華やぎを見せていた。  今夜は前夜祭となる盛大なパーティが開かれ、明日の明朝にセレモニー会場となるセボンアイランドに着く予定だった。現地の会場設営は事前に済んでいる。  譲は仕事柄で顔の広いイザークが蜂のように客の間を飛び回って談笑しているのを見つけた。  イザークは顔見知りだが、ここでは互いに知らないふりをする。商売相手として関わりがあったとしても、ロイシアの下級貴族が個人的にイェスプーンの市民と繋がりがあってはおかしいので、乗船中はアレグサンダーとだけ裏で打ち合わせを行なっている。  肝心のヴィクトルだが、確かに乗り込んできた確認はできたものの見失ってしまった。  食堂と娯楽室で姿が見えないとなるとロイシアの主賓と共に最上デッキの客室で待機していると思われるが、手厚い警備の中で近寄るのは無理だ。  同じデッキフロアに行くことさえ理由がなければ難しい。  首尾よく接触できるとしたらパーティの時だろうか。いっときくらいは主賓の一人である王太子——記憶にある名はキリル=フリードリフ——から離れる瞬間があるだろう。その時を計らって、ヴィクトルの前で顔を明かす。  ナガトに目撃して欲しいのは暗殺を果たす一瞬だけでいい。今日のところは別行動でいきたい。  そして日が暮れて来た頃、客室で休んでいた主賓達が螺旋階段からまばらに降りて来はじめた。  譲は食堂の天井に近い最上デッキの扉を見つめる。  ロイシア国の近衛兵が扉の前に立ったのを見つけ、ハッと息を呑んだ。 (公爵・・・・・・っ!)  扉が開けられると、王太子殿下がおり、その一歩後ろに控えたヴィクトルがいた。  譲は目頭が熱せられたように熱くなる。  顔に出ているかもしれないと思い、鼻をこするふりをして目元を隠す。 (やっと、会えた)  危険な場所に飛び込んできてしまったのだから、嬉しいと感じるのは良くないことなのに、やっぱりそう思ってしまった。  一緒に生きる選択をするかどうかは別として、これが譲の素直な気持ちだ。  守りたい。守らなくては。  譲は行動を開始する。  ふらりと壁側から消えた譲を、ナガトは追わないでいてくれた。  単独行動に移った譲はまず自分と一番体型が似ている近衛兵の一人を不意打ちで気絶させ、彼と入れ替わることにした。 「ごめんなさい、ちょっと衣服を借ります」  気を失った近衛兵の装備を外していく。完了すると、拘束して最下デッキに隠した。  ヴィクトルが知る譲の姿は一人で歩行できなかったが、今は松葉杖なして二足で歩き、近衛兵の格好している、この姿を一見して譲だと気づけはしないだろう。これなら怪しまれないで近づける。  急いで食堂に戻ると、舞踏会会場のように変わった広い部屋の全体に目を凝らした。  ヴィクトルは何処か。  しかしよそ見をしながら歩いていたので人にぶつかり、申し訳ないと謝罪した相手がイザークだった。  譲は一瞬名を名乗ろうか迷ったが、そうする前にイザークに見抜かれる。 「ゆず・・・っ」  イザークは途中まで名を呼びかけて堪えてくれた。  滑らかに表情を変える様は見事だ。 「いいえ、こちらこそ申し訳なかった。キリル王太子殿下とお話ができて浮かれていたのだ」 「はっ、そうでしたか、お気をつけて」  譲は瞬時にイザークが歩いてきた方向を見やる。  意図的な会話内容だが、周囲に聞かれても不自然にならない。  ヴィクトルが王太子と揃って会場にいる。探す手間が省けた。ありがたい。  譲が礼をと思った時には、イザークは別の客と談笑していた。なんともフットワークが軽く、味方であれば本当に心強い人である。  ———ならばもしも敵に回れば・・・・・・。  譲はかぶりを振る。 (やめよう、今は考えている時間はない)  いつ最上デッキの客室に引っ込んでしまうのかわからないのだ。  譲は人だかりを縫う脚を早めた。  足早に近衛兵の列に近寄ることに成功したが、列から外れていた譲は目が合った近衛兵に不審な顔をされる。 「何をしていた、持ち場を離れるな。殿下がいらっしゃるんだぞ」 「申し訳ありません!」 「お前・・・・・・」 「はっ」  尋常じゃなく心臓が跳ねる。 「なんでもない。持ち場に戻れ」  心底ホッとしたが、次の瞬間、氷のように冷酷な声を背中に浴びた。 「何を騒いでいる。殿下の警護中であるぞ。任務期間は命に換えても殿下をお守りしろと命じたはずだが、与えた職務を放棄するなら、今この場で首を斬ってやっても構わないのだぞ」 「この声、公爵?」  咄嗟に声に出してしまう。  こわごわと振り返った譲に、ヴィクトルが目を瞠る。 「・・・・・・アゴール公爵閣下! 申し訳ございません!」  譲は大慌てで言い直したが、ヴィクトルは顔を強張らせて沈黙している。譲の声を耳にしても目の前の光景を疑っているようだった。

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