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第100話 種明かし【1】

 横でロマンが咳払いをする。わざとらしくしたように・・・、譲には聞こえた。 「ご立派な目標でいらっしゃいますが、だからってヴィクトル様にこれ以上の無理を強いるつもりなら、僕が全力で止めますからね!」 「ま、俺達は元から同じ方向を向いてるわけじゃねぇ。どっちかって言うとバチバチに対立する間柄だ。しかし譲がいる限り、公爵閣下の手綱は俺が握ってるようなもんだぜ」 「はぁ、ヴィクトル様の卓越した政治手腕をご存じないと、これ程までに滑稽な物言いになるのですね。気づかないうちに足元を救われないよう注意することですね」 「あのなぁ・・・・・・」 「何ですか? ヴィクトル様を侮辱する気なら許しません。ヴィクトル様の名誉をお守りすることが僕の使命ですので」  ロマンとイザークが言い合いを始めてしまった。  譲は病み上がりの重たい腰を上げ、二人を引き剥がして交互にジトっと見る。 「公爵が関わっていた大切な部分を聞けてません。喧嘩するなら後でお願いします」 「そうでしたね、申し訳ない。僕は後ろで控えていることにします」  ロマンが口を閉じ、失礼致しましたと部屋の隅っこに移動する。譲はそこまで離れなくてもと苦笑したが、イザークに対する嫌味なのかもしれないと思い直し、何も言わないことにした。  そしてイザークと話をし、彼が当初の条件を覆えしてヴィクトルを生かした理由を聞いた。  イザークが言うには、ヴィクトルが取引を行ったのはイザークと、イザークと手を組んでいたべコックの要人複数名。  彼等の大半が現在新体制となったべコックの主幹部を担うポストに就いている。  此度の騒動により王家の血を引くナガトが現れたことで、これまで発言権がなかった国王の扱いをどうしていくのか、イザークとヴィクトルを挟んで話し合いを重ねているという。  思わぬ大きな働きをしたナガト。  ナガトがヴィクトルの死を回避する重要なポジションになり得ることは前々からわかっていたのだが、それは三つ巴の二つの立場のみに当てはまる。  べコック王室の血筋はあくまでべコック側においてのみ切り札になるのであって、ロイシア側においては——正しく言い換えるとイザークが目指すロイシア国の在り方においては、ナガトがいたからといって残念ながら通用しない。  ロイシアとべコック双方の上層部の策略により国民を無意味な戦争に駆り立てた事実は、此度のセレモニーに招かれた記者らの手で国民らの間に広められた。たとえ如何なる議論を経てされた決定であっても、甚大な被害を受けた国民にとってアゴール公爵は悪魔も同然だ。  イザークが求めるロイシアの国のカタチは、国民の声が無視されない社会だ。すなわち世論が国王陛下の声と平等に扱われるように変わること。どんなに小さく弱い声でも掬い上げ、正しく議論される世の中にしたいと願っている。 「だから公爵閣下は努力した。自分が生きていても良いと国民に判断してもらえるように」  イザークの言葉に譲はハッとする。ヴィクトルは確かにそう言ったのだ。  当初の計画では、譲の安全を確保する代償に多くの上層階級の人間を道連れにヴィクトル自身も死ぬという要求を呑んでいた。べコックを動かす中央政府は一新されたが、革命軍に加担していたイェスプーン市民と和解したのではない。ナガトが庇い立てしている為に最終判決はこれからになると思われるものの、軍艦テティスを出航させた時点での市民全員の国家反逆罪は確定していた。  イェスプーン市民には譲も含まれる。生きて孤島から帰還できていたとしても、身柄はべコックの中央政府に委ねられる運命になっていた。イザークの理想論はロイシアに向けられたもの。べコックにはべコックの方針があり、見返りを差し出せなければ口出しなどできぬ。  ヴィクトルは・・・迷わず取引に応じてくれたらしい。  嬉しいが、嬉しいと思って良いのやら譲は複雑な心境になった。  セボンアイランドの、あの派手なパフォーマンスの裏でヴィクトルは迫りくる死に葛藤をしていたのだろうか。 (公爵は葛藤しない、できない)  譲は小さく被りを振る。ヴィクトルは頭で必要だと思ったことを無感情に実行する人だ。 「やっぱり俺のせいで巻き込んだ」 「うん。否定はしないが、こちらとしては王太子殿下を消せたのは大きな収穫になった。年がら年中猿みたいに盛っていて糞な性格だが有能で厄介な男だ。今後の障壁になるだろうと危険視していたんだよ。王家フリードリフ一家の人間をよく知る公爵閣下の人選は間違いなかった、ありがたく思う」 「慰めになりません。危うく俺が公爵を撃ち殺すところでした」 「ああ、・・・俺は早々に会場を抜け出してその瞬間は見ていないが」  イザークが頭を掻いた。ロマンに指示して孤島の反対側に停泊させていた船に避難していたようだ。  彼に八つ当たりしても仕方がないことはわかってる。ヴィクトルに突きつけられた条件はアゴール公爵として(おこな)ってきたことの結果であり、理不尽な死ではない。罪もなく死んだ家族とも違うし、無意味に戦わされた兵士仲間とも違う。 「でも、俺は一生あの時の自分が許せないかもしれない」  譲は撃たなかったとはいえヴィクトルに拳銃を向けたのだ。  あのまま時が過ぎれば引き金を引いていたかもしなかった。  恐ろしい、新しい悪夢になりそうな出来事だ。きっと、この先夢を見るたび何度でもこの場面を繰り返してうなされるのだろう。

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