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第101話 種明かし【2】
「譲のせいじゃない。色んな奴らの思惑が重なって起こされたことだ。お前が自ら銃口を向けたわけじゃないって俺も公爵閣下もわかってる」
譲はそれでも納得がいかず、唇を噛んで押し黙る。
「あのな、譲」
人の涙に絆される男ではないが、イザークは言うか言うまいか悩むような仕草を見せ、白状すると決めたらしい。
「信じられんかもしれないが、公爵閣下の運命を左右するかもしれないナガトを自由にさせていたのは、実は俺も迷っていたんだ。俺が口を出したのはべコックの要人らの弱みを作る為にミイラ死体を持ち出すよう指示したところまでだ。ナガトがどのように転ぶか、公爵閣下がどう出るかどうか、神に任せるしかなかった」
部屋の隅から、ロマンが「無責任です」と憤る。
「おや、口を挟まないんじゃなかったのか?」
「すみません、つい」
ロマンは嘲われたと捉えたのかムッと口を閉じた。
「仕方なかろうよ。俺達は取引を共有した、言うなれば同盟を組んだようなもんだが、俺は公爵閣下の運命に情けをかけてやるつもりはなかった」
「先程は仲間だと仰っていませんでしたか?」
ぽつりと隅っこで呟かれる。
「うん?」
譲はイザークに問い返されても知らん顔をする執事に小さく笑みをこぼした。この不自然に明るいやり取りが自分を元気づける為に用意された茶番だと気がつけないほど馬鹿じゃない。
特にロマン、ロマンは本心を誤魔化す為に愚かしく振る舞っている。
「・・・・・・続き、話して貰えますか」
譲はイザークの口を促す。
イザークは首を縦に振る代わりにマッチを擦り、煙草の先に火を灯した。
「安心しろよ、この先は辛い話は何もない。公爵閣下の英雄譚だ。それはそれは見事な美談にしてみせただろ?」
だが譲の胸では不安が重く膨らんでいくだけだった。
「俺の感じてた違和感は間違ってなかったんだ・・・・・・」
「ははっ違和感か、どんなだ」
「トーマスさんですよ。あの人を放置したのは公爵ですね」
「譲が見て感じた通りだな」
ヴィクトルの思い描いた計画では、アゴール公爵を英雄に仕立て上げるには生贄が必要だった。
その生贄こそトーマスであり、物語のダークホースはヴィクトルの期待に添う素晴らしい働きをしてくれ、数多の目撃者の前で大いに暴れ、兵士と国民らを恐怖に陥れた。アゴール公爵は自らを犠牲にして彼等を救ってみせたのだ。
「上手くいきすぎていておかしいと思ったんです。公爵にライフルを向けていた兵士も公爵自身が仕込んでいた演出ですか?」
「そうだったみたいだ。あれは麻酔銃だった」
「はぁ、てことは俺は余計なことしたんだ」
自分を殴ってやりたい。あの瞬間、トーマスは譲の乱入に驚いた拍子にピンを抜いてしまった。トーマスは大胆な行動に出ていたが、興奮状態にあっただけで本来の性格は気の小さい男だったのだ。
薄々気づいていたことだがバツが悪過ぎる。譲は罪悪感に打ちひしがれる思いがした。
「あぁ———、確かにさすがの公爵閣下も想定外のハプニングだったろうな」
「笑い事じゃないですよ。俺は公爵を危険に晒してばっかりだ」
「しかしな、よく聞きな。たった一人の兵士の命の為にアゴール公爵は身を呈した。見せかけの英雄譚より、ずっと成果があったんだよ」
「そうかも・・・だけど」
「少なくとも、公爵閣下は大層なことをしてくれたと嬉しそうだった」
譲は途端に胸で不安が弾け飛ぶのを感じた。重たい風船は塵のように立ち昇って消え、心は熱い想いでいっぱいになる。
「相変わらずあの男は譲が絡んでいる時だけ表情豊かになる」
イザークがニヤニヤと笑った。
「今夜はゆっくり話すといいさ。譲が目覚めたってとっくに知らせてんだろ? なぁ、執事さん」
「当然です」
ロマンはイザークをちらりと見やり、胸に手を当てて譲を見つめる。
「過去は変えられません。簡単に許されることでもありません。批難の声はまだ勿論あります。けれど百にひとつ、ヴィクトル様を擁護して下さる人の声が聞こえてくるたび、僕は胸がはち切れんばかりに感動します。貴方はどうですか、譲様、僕は良かったと思ってしまう気持ちが止められない」
ロマンの後ろに見える壁の銃弾の跡。あれは譲が意思を持ってロマンの心を傷つけた消せない跡。感情に任せて引き金を引いた証拠があそこにある。
屋敷を出て行ったあの日を悔いてもあの日の絶望感や怒りは消せないし、これからも消さない。
自分の中にヴィクトルを愛する気持ちと、怒りの気持ちのどちらもあっていい。
嫌いになりたくてもできなかったからこその今がある。
ヴィクトルを撃てなくて、本当に良かった。
自分自身を含めて彼を殺そうとした者全てを許せない自分を、譲は受け入れる。
「うん、そうだね、俺もそう思うよ」
譲は泣き笑いを浮かべ、ひと月ちょっとぶりにロマンに「ごめん」を言えたのだ。
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