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話があると本宮から呼び出されたのは、週末に一人、家でごろごろとサブスクで映画を見ていた時だった。貴重な休みだというのに、川島は疲れ切っていて何もする気になれず、暇つぶしに見始めた映画も、結局中盤当たりから睡魔が襲い始め、丁度意識を失い掛けた頃本宮から電話が来たのだった。既に夜の八時を過ぎていたので出かけるのは億劫だったが、川島の家の近くのファミレスにいるとのことで、川島は部屋の鍵と財布をポケットに突っ込むと、ファミレスまで十分ほどかけて歩いた。
二十四時間営業のファミレスには、まだこの時間では客も多く混んでいる。それでも運良く席を確保できたらしく、先に着ていた本宮が川島を見つけると、軽く手を振り合図を送ってきた。
デジャヴだと思った。学生時代にもこんなシーンが何度かあった。必ず本宮が先に来て、川島を待つというスタイル。それが本宮の川島への気持ちの表れだと改めて気づくと、胸が切なく疼いた。
少し離れた所から本宮を見ると、ただ座っているだけで絵になるから憎らしい。更に、スーツ姿で長い足を邪魔そうに組み替える姿には男の色気が漂い、川島は完璧な魅力を放つ本宮に、嫉妬ではなく優越感を感じてしまう自分を怖いと感じた。
『この男は俺が好き』
その言葉を頭の中で反芻すると、奇妙なほど興奮してくるから笑えない。
「お待たせ。待った?」
「いや、待ってないよ」
無意識だが、まるで恋人同士みたいな会話になってしまったことが恥ずかしい。川島は顔に熱を帯びさせながら、やや俯き加減に本宮の正面に腰掛けた。
「飯は? 食ったのか?」
「え? ああ、食ったよ。適当にパスタとか作って」
「へえ~、どんなやつだ?」
「和風系。ツナとシメジとタマネギで作った。味は、醤油味」
「旨そうだな。今度俺に作ってくれよ」
「別にいいけど、そんな機会あるのか?」
「はは、そうだな。確かに」
本宮はそう言って自虐的な笑みを零した。
「話って何だ?」
電話での本宮の声が妙に固かったから、もしかしたら何か悪い知らせなのかもしれないと思い川島は問いかけた。本宮は飲みかけのコーヒー飲み干すと、意を決したように川島を正面から見据えた。
「関さんに会ったんだってな。関さん心配してたぞ。千秋がすごく疲れてるみたいだって。お前、今の仕事続けてて体壊したりしないよな?」
意表を突く本宮の言葉に川島は絶句した。それはあまり知られたいことではなかったし、あの時の二人の会話の内容を、本宮がどの程度知っているかということもひどく気になる。
「あ、ああ。偶然会ったんだ。関さんって意外と心配性なんだな。俺は大丈夫だよ」
「いや、俺も心配になる。お前少し痩せたし、顔色も良くない」
「大丈夫だって。俺今、研究開発のチーフを任されてるんだぜ? すごくやり甲斐あるんだよ。これは本当だ。無理して言ってない」
嘘ではない。本当にやり甲斐がある。ただ、その高度な研究開発をどうにか形にするまでのプロセスがうまく行かず、焦り、それがかなり精神的負担になっているのは事実だ。でも、途中で投げ出すのは絶対に嫌なのだ。諦めず頑張ればいつか必ず実を結ぶと、川島はそれを昔からバカみたいに信じている。
「それは分かる。でも、心と体を壊したら絶対取り返しのつかないことになるんだよ。千秋は根詰めすぎるし、責任感が強すぎる。そういう奴って過度なストレスを抱えすぎて、こうポキッて折れちまうんだよ。気づいたら廃人とか、俺は千秋がそんな風になったら、マジで死ぬ」
「お、大袈裟だよ。何言ってんの?」
本宮はさり気なくかぶせるように川島の手を掴んだ。隣の客にはちょうどメニュー表が盾になり運良く見えていない。川島は慌てて手を引っ込めようと思ったが、それを躊躇う、縛るような強い視線に絡め取られ、力が入らない。
「は、離せよ。こんなところでやめろよ」
「嫌だな。今から俺の言うことを良く聞いて、ちゃんと受け止めないと離さない」
「は? 何だよ、それ」
「いいからちゃんと聞け……千秋。俺が今立ち上げてる会社の社員として、俺と一緒に働かないか? お前のSEとしてのスキルが必要なんだよ。かなりの即戦力になるし」
「え?」
「駄目か? 俺がお前をずっと死ぬまで面倒見るから」
「なっ……」
まるで、プロポーズでもするような真剣さで本宮は川島を見つめそう言った。否、本宮が発したその言葉の意味は、紛れもなくプロポーズではないだろうか? 川島はそれに気づくと、本宮の川島に対する思いの強さに胸がズキズキと痛んだ。
「良く考えて返事をくれ。焦らなくていい。ただ、俺の気持ちは真剣だ。それだけは分かって欲しい」
「りょ、良……順番がおかしいよ。俺はまだ良を受け入れたわけじゃないのに、会社経営の一員になれとか、死ぬまで面倒見るとか、飛躍しすぎじゃないか?」
「ああ、確かに……でも、大丈夫だ。関さんがいるから。もし、俺に何かあっても、関さんが代わりに会社を経営してくれる。だからその時は、関さんが千秋の面倒を死ぬまで見てくれるさ」
自虐的な笑みを浮かべながら、本宮は軽口を叩くようにそう言った。
「……な、んだよそれ。用意周到すぎだろ……」
本宮の予想外の言葉に、川島の心はグラグラと揺さぶられ、何とかそう言い返したが、その先の言葉に詰まってしまい、ただ無言でテーブルを見つめた。
その時、本宮のスマホがテーブルの上でバイブした。本宮はそれに気づくと、川島から手を離しスマホを掴んだ。
「はい。もしもし……え? 今?……千秋といる。え? 替われって……分かった。ちょっと待て」
本宮の曇った表情から何か大変なことが起きたような雰囲気が漂い、川島は緊張と共に本宮を凝視した。
「だ、誰? 何かあったの?」
「彼女からだ。お前に替わってくれって」
「ええ?! 何で?」
「いいから。頼む……」
本宮は川島の前に受話器を差し出すと、早く受け取れとばかりにスマホを上下に揺らす。
「わ、分かったよ」
川島は渋々スマホを受け取ると、ものすごく重い心で『もしもし』と言った。
「あ、千秋さん? 私よ。千秋さんにお知らせしたいことがあって電話したんだけど」
「はあ、何でしょう」
「あのね。三ヶ月後だって言ってた両親の帰国が一ヶ月早まっちゃったの。急に私たちの結婚の前祝いを、両家の家族でしたいって話しになってね。まあ、顔合わせまだしてなかったら当たり前なんだけど。うちの両親凄いノリノリで、だから、帰国する前に、今回の婚約破棄のことを私が両親に上手く言いくるめるためにも、千秋さん! 早く答え出してね」
「そ、そんな、そんなの勝手過ぎる!」
川島は上ずった声で叫んだ。
「そうなんだけど。一人娘の私の結婚にうちの両親かなり舞い上がってるの……だから、事を大きくする前になんとかしないとね。千秋さん」
本宮の彼女はまるで川島の反応を楽しむかのように、わざとらしく芝居がかった言い方をした。川島はそれが気に入らなくて、スマホを持つ手に力が入る。
「こ、答えって……俺が本宮を受け入れるか否かのことですよね?」
「そうよ。早くしてもらえないかな?」
「は、早くしろって、そんな勝手な……」
「それじゃあ、千秋さんからの連絡を、首を長くして待ってるわね。ではまた」
本宮の彼女は、川島の返事を待たず一方的にスマホを切った。川島は生気を失ったような顔で本宮にスマホを返すと、本宮はそんな川島を不安げに見つめてくる。川島はその目を見つめ返すと、『取り敢えず、甘いもんでも食わないとやってらんない』と吐き捨てるように言い、タイミング良く通りかかったウエイターに、チョコレートパフェを頼んだ。
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