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「おつかれ」「お疲れさまです」 雰囲気のいい旅館と温泉。 部屋に戻ると、既にテーブルの上には旨そうな懐石料理が準備されていて。 キンキンに冷えたビールで乾杯し箸を付けた。 「はー……旅行なんていつぶりだってくらい行ってなかったわ」 「私もです。日々の業務に追われて追われて…」 「それな」 学生の成長を見れるのはいいが、いかんせん部活にまで手を付けると本当に休みが無くなる。 まぁ、そんな仕事を選んだ俺も俺だが…… 「ふふふ、いま生徒たちのこと思い返してたでしょう」 「っ、はぁ? なんで」 「優しい顔してましたよ。鬼教師にも心はあるんですね」 「な、古谷てぇめーなぁ……」 「ねぇ、二永さんは公立経験されてからこの学園に戻ってきてましたよね?」 「あぁそうだな。お前もだっただろ?」 「はい」 「どうだ? やっぱ雰囲気とか違くねぇか?」 「こんなとこでも先生呼びは流石にやめよう」ということで、「古谷」と「二永さん」と呼び合って。 まるで昔に戻ったかのような感覚に陥りながら、話をしていく。 「私立は先生の移動がありませんから、なんだか教師間に不思議な空気感がありますね。 後は学生も公立の子とは少し違いますね」 「だよな。まぁ、それぞれメリットデメリットはあるよな」 「はい。ですが…… ーーいろいろ経験できました」 カタリと、古谷が箸を置く。 「二永さん。 二永さんが高校ご卒業されるとき私に言った言葉、覚えてますか?」 「……あぁ、覚えてる」 忘れるはずがない。 ずっと…俺の心にも深く突き刺さっていた。 「『普通を経験してこい』って。 『それで、経験したあと答えが出たらまた会おう』って、言いましたよね」 (あぁ、言ったよ) こいつより俺のほうが学年がひとつ上で。 だから、卒業は俺のほうが先で。 『っ、先輩!』 『……なんだ』 『どうして今、校長室から出てきたんですか……? まさか、指輪を返しn』 『古谷』 卒業式後に慌てて来たのか、肩で息をする古谷に近づく。 『お前はまだ、〝普通〟を知らない』 『ぇ…普、通……?』 『お前、彼女出来たことねぇだろ。 友だちも男ばっかで女子と話してるとこ見たことねぇし。遊び行ったり手ぇ繋いだり、キスしたり抱いたりとか、んなことしたことねぇだろう?』 『そ、それは…そうですけど、でもっ』 『〝俺一筋だから関係ない〟とか、言うなよ』 『ーーっ、』 なにかと後をついて来る奴だった。 まるで親を追う雛鳥のように俺の言うこと全部を鵜呑みにして、純粋で、汚れを知らないような真っ白な奴で…… だから『こいつが俺の薔薇なんだ』ってのは簡単だったし、だからこそゾッとした。 今までこんなにも俺に全てを任せて来た奴はいなかったから。 だから、俺は 『……お前はもっと〝普通〟を知れ。 当たり前を経験して、自分の中で考えてちゃんと答えを出した方がいい。 そして、』 呆然としたまま静かに涙を流す顔に、ギリッと奥歯を噛み締める。 『俺もお前も、答えが出たとき……また会おう。 ーーそれまで、この話は無しだ』 「…教員を目指したのは、なんでだ?」 「会社に入って仕事をする自分を想像できませんでした。それなら学校で、これからを担う生徒を育てようと思い。 だから、二永さんがそうしたからではありません」 「そう、か」 「ねぇ二永さん。 あなたが卒業してから、私はずっと〝普通〟の意味を考えました」 〝普通〟ってなんだろう? 〝当たり前〟って、なんなんだろう? 「そして、世間一般的にいわれていることはほぼ経験しました。 大学時代は自由な時間も多くありましたし、公立の教員として学校を転々としていた時も……いろいろと」 「女は? 抱いたのか?」 「はい。彼女も何人か経験して、遊びに行ったりデートをしたり、他の人がするのと同じようなことを」 「へぇ、どうだった?」 「どうもなにも、その瞬間はしっかりと大切にしてましたよ。けど……」 (けど………?) キュッと唇を噛みしめるように閉じられた口が、また開く。 「二永さんは、卒業後どうだったんですか? 『俺もお前も答えが出たとき』って、二永さんも何か答えを出さないといけないことがあったんでしょうか。 答えが出たから、再びこの学園に戻ってこられたんですか?」 「……俺は………」 「…正直、二永さんが卒業する瞬間は辛かったですが、想いが見えているのに告げずに去ってくださって、今は良かったと思っています」 学生時代の私は、確かに幼稚でした。 行動も考え方さえも全て二永さんに頼りっぱなしで、もしあのまま想いを告げられていれば、私は今も人間として腐ったままでしょう。 「まぁ、おかげでこんなに捻くれた性格になってしまいましたが。 ですが……得るものはとても大きかった。今の私は、ちゃんと二本足で立てるようになっています」 「……あぁ、そうだな」 この学園で生徒ではなく教員として再会したとき、別人と思うほど立派になっていて驚いた。 自信なさげだった目線もちゃんと前を向いていて、背中は伸ばされており誰とでも愛想良く話ができ、 ーーそしてなにより、ここへ戻って来るまでに沢山の経験をしてきたのだろうと……感じた。 (俺は) そんな見違えるほどに変わったお前に、俺は 俺はーーーー 「………グラス、空ですよ」 「っ、悪りぃ」 「折角の料理も冷めてしまいましたね。 今日はこれくらいにして、また明日お話ししましょうか。明日は観光ですし、早めに寝ましょう」 「あ、あぁ」 先輩の俺が話をリードしなきゃなんねぇのに。 うまく気を使ってくれるこいつに、頭があがらず 「そういえば二永さん、先日の飲み会で学年主任が言ってた出し物ってなんなんですか?」 「あぁ、それはーー」 そのまま流されるように、いつもの話題へと戻っていった。

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