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「あれ? 三船先輩、今日はひとりなんですか?」
体育大会が近づいてくる中。
いつも通り放課後図書室へ行くと、先輩がポツンと座っていた。
「? 先輩、せんぱーい? おーいおーい」
「あっ、ごめん村園くん、こんにちは」
どんなに本へ集中してても僕の声には気づいてたのに、本も読まずこんなぼうっとしてるなんて珍しすぎる……
なんとなく、今日は三船先輩の隣へ座った。
「先輩は来てないんですか?」
「うぅん…そうだね。来てないというか……
もう来ないかも」
いつもの穏やかなものじゃなく、表情のない能面のような顔。
先輩と過ごし始めて長いけど、こんな顔を見るのは初めてで。
(…薔薇のことで、なにか動きがあったかな?)
だとしたら、なんでこんな顔してるんだろう。
想いは、通じていないのか?
「……ぁの、先輩。なにかあったんですk」
「ねぇ、村園くん」
「ぁ、はいっ?」
「人を好きになるって、どんな気持ち?」
「………え?」
やっと目があった三船先輩が、悲しそうに笑った。
「俺ね、人を好きになったことがないんだ」
もともとあまり欲しがりな性格でもなくて、来るもの拒まず去るもの追わずの人間だった。
「自分を高いところから見てるみたいな……第三者視点で物事を考えるくせ? みたいなのがあって」
告白は、過去にも何度かされたことがある。
でも〝好き〟という気持ちが分からなくて、なんとなく付き合ったはいいけどそのまま自然消滅したりとかばかりで。
段々と人付き合いに疲れてしまって、でも生きていくにはコミュニケーションは必要だから適度に取って。
放課後は自分へのご褒美の気持ちで静かな図書室に寄って、息抜きしてから帰って。
ーー正直、そんな日々の繰り返しでいつのまにか3年生になってしまった。
「彼女にね、ついさっき告白されたんだ。
指輪を見せられて、『私は緑薔薇の運命の人なんだけど、もしかした三船は緑の薔薇なんじゃないか』って。
けど……」
(自分の気持ちが分からなくて、同じものを見せれなかったってわけね)
グッと苦しそうに、服の上から指輪を握りしめている様子の先輩。
「彼女には、多分俺よりもずっといい人が現れると思うんだ。
ちゃんと彼女の言う〝好き〟と同じ〝好き〟を返せる人。それが普通なんだけどね。俺が…異常なだけで……だから」
「先輩」
(ねぇ、今自分がなに言ってるか分かってますか?)
そんな切なそうな顔して言い訳みたいなこと吐いてるの、ちゃんと知ってます?
それで「自覚がない」とか言うんですか?
(はぁぁ…ほんと、三船先輩は……)
いつも癒しオーラ全開で、初めて話したときから優しくて大人で、けど時々抜けてるところがあって、可愛くて。
今、きっとこれまでの人生の中で1番大切な瞬間のはずなのに、それすらも自信が無くて手放してしまっていて、そして悩んでいっぱいいっぱいになっている。
そんなあなたのことが、僕はーー
「……先輩。僕、大好きな漫画があるんです」
「ぇ、まん…が……?」
「はい。凄く面白いのでいつか先輩も読んでみてくださいね!その中のキャラクターが、こうやって言うんです。
『ーー想像してみてください。』」
もし、あなたが虹を見たとき。
綺麗な綺麗な流れ星を見つけたとき。
近所にお気に入りの店ができたとき。
「レジで貰ったお釣りが777円だったときでも、たまたま飲んでた湯飲みに茶柱が立ってたときでもいいですよ?」
そんな
日常のふとした瞬間に起こる、何気ない幸せやラッキーと出会えたとき……
「『それを真っ先に伝えたくなる人は、誰ですか?』」
「ーーっ、」
「……きっとね、先輩。
〝好き〟って、ぼやけたものでいいと思うんです」
誰かがたまたまこの感情の名前を〝好き〟としただけ。
だから、そんなに大それたことじゃない。
「感情って、心って、自分が思ってるよりもずっとずっと素直で…自由でいいんです」
そこに男女なんて問題は勿論関係がなくて、あるのは隣にいて幸せを感じるかどうか。
だから、好きになるきっかけなんて、そんなものでいいんだ。
「三船先輩は、自分が〝好き〟を感じたことがないっていうの、ちゃんと先輩に話しました?」
「いや…まだ……」
「それなら、まずは話して誤解を解くことからしましょう?
そしてしっかり話し合って、少しずつ少しずつ…先輩方のペースで進めていけばいいんです」
(たった18歳で一生の運命を見つけるなんて、よくよく考えれば酷だなぁ)
でも、だからこそ焦らず、それぞれのペースで一歩一歩確かにしていくべきだ。
「さぁ先輩、行ってください。
告白はついさっきだったんでしょ? なら、まだこの近くに居るはずですよっ」
「……っ、あぁ!」
ガタッ!と強く立ち上がり、三船先輩が扉へ向け一直線に歩いていく。
「……ねぇ、村園くん」
「っ、はい?」
「さっき話してくれた、いいことが起こったときそれを真っ先に伝えたいのは誰?って話。
恥ずかしいけど、俺の中に真っ先に浮かんだのは彼女の顔だった。
あぁ、きっと話したら笑ってくれるんだろうなとか、一緒に喜んでくれるだろうなとか、そんなことばかりが頭に過ぎって……
けど、」
図書室を出る一歩手前。
くるりとこちらを向き、真っ先に僕を見る。
「次にそれを伝えたいと思ったのは、君で。
もし、彼女と出会ってなかったら……
俺は、君を選んだと思うよ」
「ーーっ、は、はは、なにそれ、タラシですか先輩?」
「うん、自分でも最悪なこと言ってると思う。
……じゃあ、行ってきます」
「っ、はぃ」
(謝らないんだ。潔いな)
もしかして、僕の気持ちに気付いていたのだろうか。
そして、僕が先輩を薔薇だと知っていたのも、バレていたんだろうか。
誰もいなくなり、ポツンと1人になった静かな部屋。
(ねぇ先輩、僕ね?)
初めて出会ったときから、ずっと放課後が楽しかったんです。
薔薇の恋模様を見るために此処へ来たけど、でもそれよりも学校終わりのこの時間が、実はなにより幸せで。
早く放課後にならないかな?っていつも待ち望みにしていたんです。
誰も来ない静かな図書室の隅っこで、日常や運命やいろんなしがらみから外れて、あなたと2人。
本を読んだり話をしたり、とても穏やかで優しい時間を過ごすことができて。
僕は、本当に本当に 幸せでした。
「……っ、せん、ぱ」
知らないうちに目の前がぼやけてて、ポロリと滴が床に落ちる。
あなたのその優しく笑う目を見るのが、なによりも嬉しかった。
僕のヲタク話をうんうん聞いてくれるその相槌も。
穏やかな雰囲気も、真剣な顔して本を読む姿も。
彼女と話とするときの楽しそうな顔も。
夢に向かって努力するその背中を押してあげる先輩も。
告白に悩んで心の内を吐き出して、そして前を向いて出て行った先輩も。
どれもどれも、みんな、全部。
「〜〜っ、好き、でしたっ」
……あぁ、やっと言えた。
「ぅ、ひっ、く、うぇぇ…っ」
言えた安堵と、誰にも聞かれていない安心と、高2のくせわんわんなく気恥ずかしさと
全てのものから解放されたように涙が止まらない僕を
静かな図書室が、優しく優しく包み込んでくれるようだったーー
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