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「椎名」 「っ、」 運営委員会の会議後、帰ろうとしていた背中へ声をかけた。 少しビクつきながら振り返ってきた顔は、無表情。 「少し残れるか? 話がしたい」 「……ん」 「お疲れ様でした〜」と出て行く委員たちを見送りながら、夕日で染まった静かな教室の中、口を開く。 「俺は、お前のことを真剣に考えてる」 〝怖い〟という感情は、多分〝知らない〟から来てるんじゃないかと思った。 知らないものは怖い、誰だってそう。 それは理解をしてないからだ。 理解してないものは未知数だから、分からなくて怖い。 きっと人間が感じるその感情は、その部分から来ているもの。 ーーならば、知っていけばいい。 屋上で吉井も言っていたように、これから理解を深め合う。 そうすれば〝怖い〟という感情は消え、椎名は俺を受け入れてくれるはずだ。 「まだ学生なのにいきなり運命を突きつけられて、正直戸惑うだろう。 だが、俺はお前のことを受け入れられる」 運命に男も女も関係ない。「その人だ」と思った人が自分の運命。 だから椎名が男だろうと俺には関係ない。 大切なのはそこじゃない。中身だ。 (大丈夫、俺は知っている) 父さんや母さんから沢山聞かされてきた。 偏見などは無い。俺は椎名雪を椎名雪のまま受け入れられる自信がある。 「自己紹介なら何度だってする。疑問があるならなんだって答える。 だから、どうか俺にお前を愛させてくれないか?」 お前の中のその〝知らない〟を解決して 〝怖い〟という気持ちを消して、代わりに俺をお前の中に住ませて欲しい。 一生離さず大切にするから、どうかーー 「……あな、たは…椎名雪が、好き?」 「? あぁ、好きだ。 まだ出会って日が浅いから薄っぺらく聞こえるだろうが、きっと受け入れる事ができる。本心だ」 「違う。そうじゃ、なくて……」 綺麗な瞳が、影を落としながら下を向いた。 「もし椎名雪が、もっと元気な子だったら、どうする?」 「……え?」 「女の子、だったら? あなたより背が高かったら?」 「なに…言ってるんだ?」 「もし」 カツッと、小さな体が一歩近づく。 「椎名雪が薔薇じゃなかったら、どう、する?」 「どう……って」 そんなの、考えた事がない。 「…ごめん、なさい。いじわるな質問、した。 けど、あなたの〝好き〟には、かぎかっこが入る。 ーー『薔薇の』あなたが好きって」 「ーーーーっ!」 見上げられた瞳に、心臓がドクリと嫌な音を立てた。 「自分の薔薇なら、誰だっていい。どんな人でも、受け入れる。 僕は、それが……怖い」 もし自分の人格が別物でも、この人は変わらず受け入れてくれる。 この人は「薔薇」が欲しいだけ。「薔薇」を好きになりたいだけ。 ーーーーだったら、自分は なに? (………あぁ…そう、か) 「大丈夫」 「っ、ぇ」 まるで地面に穴が空くような、足元から崩れ落ちるような感覚になるのを、控えめに袖を握られ意識が戻る。 「あなたが正しいから。だから、大丈夫。 僕が、変なだけ。そもそも、嫌だったらこの学園に来てない。ちゃんと、あなたのことを受け入れるから、ね。 僕らは、薔薇と運命の人から始まった関係。 こうなるのは、しょうがない。わかってるから」 (ちがう) 「けど、僕がまだ心構え、出来てなかったみたい、で、戸惑ってて、あなたが白色の事やいろんなしがらみで焦ってるの、分かってて、困ってるのが見えるから、早くって、思ってるん、だ、けど」 違う、違うんだ。 確かに俺は、薔薇だから椎名雪を好きになろうとした。 薔薇だからお前をもっとよく理解しようとした。 でもそれは、お前にそんな顔をさせたかったからじゃなくて、もっとーー 「僕が、よ、わくて…ごめん、なさぃ……っ」 「ーーっ」 「も、少しだけ、待って、ください。 ちゃんと、受け入れるから、もう少しだけ、後ちょっとだけ、時間、ください」 口数の少ない椎名の、震えているような途切れ途切れの言葉。 「真剣に考えてくれて、嬉しい。 〝無いもの〟は、やっぱり探さなくて、いい。僕の我儘、だから。困らせて、ごめん、なさい。 次は僕から訪ねに行く、ので、指輪はそのときに、返しに行かせて、ください」 シャンと立つ姿が綺麗だったのに、段々丸まっていく背中。 それと同じように下がる視線。 (おい、待てよ) お前言われてたじゃねぇか。 『なにか譲れないものがあるみたいだし、それは無くしたら絶対駄目だと思うから』って。 それを、そうやって捨てるのか? 〝怖い〟を受け入れる準備を、するのか……? 「…また、話をしに、きます」 スルリと袖が離されて、椎名が静かに会議室を出ていく。 追いかける気力は、無い。 (……俺は) 俺は、今までなにを思ってきたのだろうか。 いや、椎名の言う通りこの学園じゃ俺の考えのほうが正しいのか? そんなわけねぇだろ、所詮たった3年しかいない場所だ。 自分の運命の奴にあんな顔させて、なにふざけてんだ俺は。 「ーーっ!」 消えそうだった。 いつもの無表情が切なく歪んでいて、でも最後には諦めるように笑っていて。 あんなに感情的な椎名雪は、初めて見た。 ーーもしかしたら、もう…最初で最後なのかもしれない。 (駄目だ) そんなのは駄目だ。 どちらか片方が我慢をするような、諦めてしまうようなものは駄目だ。 たとえ運命だとしても、そんなのは絶対に。 「っ、くそ……!」 どうにかして〝無いもの〟を見つけなければ。 あいつが諦めたものを、次あいつから呼ばれるまでになんとか探し当てなければ。 そうしないと、きっと椎名はこの先ずっと下を向いたままだ。 (俺が……!) 『ねぇ、運命ってそんなに大事なのかな』 『あぁ? なに言ってんだ。当たり前だろ。 ーーだって、自分の人生において1番の宝物と出会うんだからよ』 俺が、やらなければ。

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