33 / 84
5
「あれ、伊月なにやってんだ? ってか1人??」
「っ、けーすけ」
体育大会1週間前。
放課後、今日も呼ばれていったゆっこちゃんを待ってるとカラリと扉が開いた。
「教室に忘れ物?」
「そう、委員長に出す予定だった書類忘れてさ〜。お前は?」
「ゆっこちゃん待ち」
「ゆっこ? あぁ、なんか忙しそうだもんな最近」
「っ、」
はぁ? なにそれ。
他人事かよ。
「ん、あった。じゃあ俺戻るかrーー」
「いい加減にしなよ、お前」
「……は?」
「なんで見て見ぬふりするんだよ」
肝心なとこでいつもヘタれること知ってても、もう我慢の限界。
「本当はわかってるんでしょ、ゆっこちゃんがちょくちょくいなくなる理由」
「っ、」
「なのにわざと知らないふりしてさ、なんなの? 流石に無い」
彼女がどんなに傷ついてるか知ってる?
毎日朝早く起きて努力して、帰ってからもいろいろ調べて挑戦してみてて。
なんとか友だちであるお前に振り向いてもらおうと、気づいてもらおうと必死で。
それを何食わぬ顔でシカトしてさ、最低野郎じゃん。
「けーすけさ、ずっと一緒にいるけどこれまで一度も〝薔薇〟って言葉出さなかったよね」
運命の人に選ばれたくせに、全然動かなかった。
恋バナの最中も一言も出なくて、ゆっこちゃんのこと気にはなるけどそこまでって感じで。
「それってさ、もしかして〝初めから〟わかってたんじゃないの?
ーーゆっこちゃんは自分の薔薇だって、気づいてたんでしょう?」
「……」
シィ…ンと静まり返る教室。
窓から風に乗って運動部の声が聞こえてきてて、間も無く日が暮れるのを教えてくれる。
ポツリ
「あぁ、そうだよ。全部最初から分かってた」
まるで声が地面に落ちるように、ゆっくり息を吐かれた。
「初めて話した時から、なんかしっくりきたんだ。
お前ともそりゃしっくりきたけど、あいつは知れば知るほど居心地が良くて、つい〝もうこのままの関係でもいっかなぁ〟って、思ってしまって」
初めて話を聞いた時にゆっこちゃんが言ってたのと、似たような言葉。
「もうそろそろかな、いやまだいいか、もう少しって…そんなの考えてたらいつの間にか3年になってて、卒業まで残り半分ちょいで流石に焦り始めて……
でも、思ったんだ。ゆっこは俺でいいのかなって」
まず、家柄が違いすぎる。
自分の住む世界はかなり生きづらい。
そこに一般家庭で育った彼女を入れても、本当にいいのだろうか。
きっと周りからの圧もある。それに耐えてまで自分と一緒にいたいと…思ってくれるのだろうか……
もっと他に、対等な運命の人がいるのでは?
ーー自分が手放したほうが、彼女は幸せになるのではないか。
「それにさ、今まで俺ら上手く友だちやってたじゃん。
この関係もすげぇ楽しいし、それが無くなんのも嫌だなって……
あぁぁ俺なんかめちゃくちゃなこと言ってんだけど、でもそんな感じで、だから」
「それ、ちゃんとゆっこちゃんに話した?」
「え?」
「〝自分はここが不安なんです・こう思ってます〟って、伝えた?」
「ま、だ……ってか、こんなこと言えるわけねぇだろ。だから悩んでんじゃねぇか」
「でも言わなきゃ始まんないよ。ずっとこのままだ」
「っ、あぁもううっせぇなぁ!
大体、お前俺らのことに口出す権利あんのかよ!?」
「あるっ!!」
ダン!と大きく机を叩いて立ち上がる。
「あるよ、あるに決まってんじゃん。
俺だけじゃなくて高くんにもある」
「はぁ? なんであいつが出てくんだ」
「だって、俺たちの交際に口出したから!」
「ーーっ、」
ビクリと、けーすけの体が震えた。
「けーすけさ、あのとき高くんに言ってくれたよね。〝ちゃんと愛情もって接してんのか〟って。あれ、凄く嬉しかったんだ。泣くほど嬉しかった。
……ねぇ、多分けーすけとゆっこちゃんの関係ってちょっと俺たちと似てると思う。当たり前じゃない世界で、一般家庭出身っていうのが異端で、後ろ指さされたりしなきゃいけなくて。
けどさ、そんなの隣で大切な人が支えてくれたら乗り越えられると思うんだ。俺は、いつも高くんが隣にいてくれるから大丈夫。ゆっこちゃんもそう思ってるんじゃないかな?」
この有名な家の貴方を支えていくから、どうか自分のことも支えてほしい。
そうやって互いに守りあっていきませんか?って、そう思ってるんじゃないかな。
「大体さ!あのゆっこちゃんならきっと周りの壁も段々消えてくよ。だって本当に性格いいもん、素直だし。
多分誰とだって打ち解けられる。すんごい変わり者じゃない限り」
「……あー…実はそれ、しれっとシミュレーションしたことある。婆ちゃんが一癖あんだけど、でもそれ以外の人とは最初だけのような気がすんだよな。実際わかんねぇけど」
「なんだ、考えてんじゃん将来のこと」
「…うん、考えてたわ」
「……」
「……」
「「っ、ははは!」」
なんだなんだ、そうなんじゃん。
けーすけは、ちゃんとゆっこちゃんとの未来を想像してたんだ。
「あぁーなんかスッキリした、めちゃくちゃ。
ありがとうな伊月」
「んーん別に。こんなに言い合いしたの久しぶりだったね」
「ほんとにな、はぁぁ……
ーーなぁ、ゆっこどこ行ったかしらねぇ?」
ガシガシ頭を掻いてたけーすけが、前を向いた。
「多分いつものとこだろうから、非常階段かな」
「はぁ? あいつそんな人気のないところで告白受けてんのかよ、危ねぇだろ」
「そうなんだよ。だから俺も心配で〝先帰ってて〟って言われてもいっつも待ってる」
「まじか……ちょっと行ってくるわ」
「そうして。全力でお迎えいってあげて」
もう〝友だち〟ではなくなってしまう。
2人の関係は、〝友情〟から〝愛情〟へと変化してしまう。
ーーけれど、それが本来のあるべき姿だろうから。
「頑張れ、けーすけ」
「おう」
ヘタレは、ヘタレなりにそのままの想いを伝えればいい。
後はきっと、受け取った側がどうにかしてくれる。
そうやって一緒に進んでいけばいいんだ。
「今日だけ委員会変わってあげる」と書類を受け取って、走り去る背中を見送ったーー
ともだちにシェアしよう!