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(それからは、緊張と幸せの連続だったな)
校舎1階のグラウンド沿いにある保健室。
入学してすぐラグビー部へ入った彼を眺めるには、ベストな場所。
コーヒー片手に、放課後はゆっくり仕事をすることが日課になった。
大山くんは、真面目で意志の強い子だ。
先輩たちを押し退け早々レギュラーとなったが、その性格から恨まれることもなく、寧ろ頼れるいい後輩になっている。
彼の授業態度は知らないけど、部活動や体育で身体を動かしてるときが1番いい表情をしているんじゃないかな?
一生懸命な中、無邪気に笑う年相応な姿に胸がきゅんとする。
『そういえば、自分の相手は男だったのか』と思ったのはしばらく経ってから。本当にその部分が気にならない程、私は既に彼を受け入れていた。
自分はこの1年、彼のためにジムや整体に通いマッサージやスキンケアをしてきたのか。ボディスクラブで体も磨いたりなんかして、見つけられる準備をしてきたのか。
『……っ、』
恥ずかしい、でも嬉しい。
努力して良かった。あんなに気高い人の隣に居ることになるんだ、昔の自分ではダメだった。
あぁ……でも自分は男だ。
歳も10離れてしまってる。きっと運命と分かったとき、驚かれてしまうのだろう。
もっと綺麗になったほうがいいかな。
可愛くもなっていたほうがいいかな。
ーー私も、もっともっと努力しよう。
それからは、部活動に励む姿に鼓舞されるよう私も更に自分磨きに必死になった。
ジムや整体で入念に体を絞り整えて、マッサージやスキンケアに使うものももう一度調べなおして。
ボディスクラブは、爽やかなのものから花やバニラなど甘い匂いがするものへと変えた。
少しでも男らしさを消したいというか、男かよと落ち込まれる幅を少しでも減らしたいというか……
自分も男なのだが、愛する人の為ならそれさえ捨てても構わないほどに努力ができた。
強く誇り高い貴方の隣に並びたい。
「こんなのが俺の運命か」と、落胆されるのを防ぎたい。
彼に見つけてもらうまでに、ちゃんと見合う人になっておかないと。
いつ見つかるのかという緊張と、窓から眺める大山くんに想いを募らせる幸せと、ふたつを同時に感じながら懸命に自分にできることをした。
(ここまでは、幸せだったんだ)
事態が動いたのは、彼が2年生になったとき。
放課後いつものように眺めていると、大山くんが指輪を外し首のチェーンに通すのが見えた。
真面目な彼は、いつも部活が始まると同時に付けていた指輪を外す。
まるで運命の相手を傷つけず大切に想っているようなその行為は、見るたびに幸せが溢れてきて。
タイミングよくその姿が見えたとき、私は決まって服から指輪を取り出す。
今、私たちは同じようにこれを首から下げている。この指輪の重さを一緒に感じている。それが、どんなに愛しいことか……
早く見つかりたい。
先生と生徒ではなく、運命の人と薔薇として話がしたい。
そして互いに知り合って、キスをして身体を繋げて……
『はぁ……大山くn』
『ぇ、せん…せい………?』
『ーーーーぇ、』
振り向いた先、よく保健室を訪ねてくる大山くんと同じ学年の男子生徒が
ーー私が指輪にキスしようとしている姿を、見ていた。
『待っ、て……それ、指輪だよな?
しかも紫…ってことは、六花先生が、大山の……』
『っ、これは、その……!』
まずい。
薔薇は絶対バレてはいけないのに、バレてしまった。
どうしよう、もしこれが大山くんまで行ったら終わりだ。
急いで校長先生の元へ行かなければ。
でも、その前にこの子に口止めをーー
『いたっ』
保健室の扉を乱暴に閉められ、グイッと腕を取られる。
『なぁ先生、嘘だよな? 先生が薔薇? そんなわけ無いって。しかもあの大男の相手とか……な? 嘘だろ』
『……嘘じゃありません。私は、紫の薔薇です…』
『っ、』
『ぁ、の、お願いですから、どうかこの事を言うのは』
『嫌だ』
『……え? ぅわっ』
シャッ!と開けられたカーテンの中にあるベッドへ、投げるように押し倒される。
その上に覆い被さってきて、身動きが取れなくなってしまって。
『先生。俺ずっと先生のこと狙ってきたんだよ。
入学してからまじで先生しか眼中になくて、嫌になられない程度に通ってきたつもりだった。
卒業する頃に告白して、それでずっと一緒にいて……
なのに、なに? まさか薔薇だったの? しかも紫とか、は? 大山と?? まじでありえないんだけど』
『っ、それは……ひっ』
『こんなに身体中甘い匂いさせといてさ、肌もすげぇ触り心地よくて…これ全部大山のため? あいつの為にここまでやってんの? ムカつく。先生は俺のだ、俺が先に目ぇつけてんだ、絶対渡さねぇ。
ねぇ先生…六花先生好きだよ、先生……!』
『や、めて……嘘、ひっ、嫌っ、ーー!』
それからの記憶は、無くて。
気がつくと、窓の外からは片付けをする部活動の声が聞こえていた。
全身が痛くて、なんとか体を起こすとその反動で後孔からトロリとしたものが流れてきて。
『ぁ、あ、俺は悪くない…俺は…俺は……っ』
ベッド脇の床で頭を抱え蹲っているその子を見た瞬間
ーーあぁ、やってしまったのだと、思った。
その後、私は上を向くことをやめた。
私を犯したその子は、私が薔薇ということを秘密にしておいてくれた。
その代わり、私も犯されたことは言わない。校長先生にもこの件を報告することはなかった。
その子はあれから私を抱こうとはしない。罪悪感からか、無理に体を繋げることはしない。
だが、
『はぁ……先生見つかってない? 先生はまだ俺の? ねぇ、せんせ』
『ん、あぁっ』
放課後、時々訪ねてきては身体中を触られる。
誰かの跡が付いてないか、抱かれてないか。
敏感なところを触られ、後孔に指を入れられ締まり具合を確認され。
拒むことはできない。拒んだら、私が薔薇だと言われてしまいそうで。
それに、この子がこうなってしまったのは私にも責任がある。ここまで執着されていたことに気づけなかったし、こうなる前に教師として何かできていたはず。
それなのに私は、自分の運命を追うあまり周りが見えていなかった。
そう、私がもっとしっかりしていれば…こんなことには……
その関係がもう1年ずるずると続き、現在。
「先生、またね」と出ていく姿を見ながら、乱れた衣服を整える。
大山くんやあの子は、3年生になった。
来年卒業だ、もう時間がない。けれどーー
(どうか……私を見つけないで)
窓から見える、太陽に照らされ輝く人物。
今日も彼は一生懸命だ。ゴールを見据え、相手と勇ましくぶつかりながら立ち向かいボールを繋げている。
なんて気高く逞しい姿。気品があって、尊敬しかない。
そんな、彼に……
ーーーー私は、甚だ似合わない。
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