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「…………」
目の前には、扉。
これを開けたら外なのに、開けられない。
「小里彩は男だった」というのは、凄まじい速さで学園中に浸透したらしい。
当然だろう、自分で言うのもなんだけどあんなに目立ってたし、僕。
学校には行けなくなった。また昔の自分に逆戻り。
「保健室へおいで」と六花先生が声をかけてくれたけど、結局こうして部屋に閉じこもったまま…出られないでいる。
寮は、女子から男子のところへと移動した。
当たり前。だって男なんだし。
(女の子とは…わりかし仲が良かったんだけどな)
良くしてくれた。
女の子って結構ギスギスしたイメージあったけど、声かけてくれる子はみんないい人だった。
寮での思い出も、離れてから知ったけど結構ある。
今、ここは男子寮。
1人部屋が空いてたからそこに入れたけど、一歩外に出たらトラウマばかりが歩いている。
僕の過去を知る人はいない。
校長先生はもしかしたら調べてるかもだけど、自分から誰かには話してない。
だからなんで僕が女装してたのかも、どうして男子寮が…男が無理なのかも……知らない。
(どうしよう)
外に、出なきゃ。
このまま閉じともってたら当然退学だ、家に帰らなきゃいけなくなる。
せっかく背中を押してくれた両親を、悲しませたくは…ない。
でも、ここから出て ちゃんと歩けるかな。
みんなが僕に注目する。きっとこれまで以上に。
そんな中を真っ直ぐ…目的地まで行き着くことができるだろうか。
(七井にも……失望された)
あの時の驚愕の顔。
あれが、すべてだ。
自分の運命の相手が男だったなんて、最悪だろう。
もしくは「やっぱり自分の運命はこいつじゃない」と、もう別の人を探してるのかもしれない。
どうしよう。そうだったら僕がこの指輪を持ってるのは駄目だ、誰かに渡してあげないと。
校長先生に…返しにいかなきゃ……
「………っ」
行けないくせに一丁前に着た制服の上から、指輪を握る。
多分僕が女装なんかせず普通に通ってたら、もっと早くこんな展開になってたかもしれない。男子寮や男が怖くて、早々に部屋へ閉じこもってたはず。
2年生の2学期半ばまでよくもったほうなのかな。
(そうか、だから校長先生は「女装しろ」って言ったのか)
入学初っ端からこうなって早めに学園を去られるより、ある程度運命の人と過ごすため。
そのために、自分は女装を薦められたのかもしれない。
……なんて、
『あれ、彩ちゃん?』
『ほら、ミケがご飯待ってるよ。こっちおいで〜』
『あーやば、癒される〜。
もうこのまま午後サボっちゃおっか』
『なら知り合いとして、これからもここ来ていい?』
『運命の相手かもなぁ程度には思ってる、かな』
『大丈夫!? 頭打った? 抑えたらもっと痛くなるから、そのまま保健室いこ?』
『あや……ちゃん…………?』
いまさら気づいても、遅いけど。
(指輪だけは、返しにいこう)
七井にはもっと相応しい人がいる。
僕よりずっといい人がいる。
いつまでも僕が持ってちゃ、その人と出会うのが遅れてしまうかもしれない。
だから、怖くてもせめて指輪は返しにいかなくちゃ。
大丈夫大丈夫。校長室は1階だしそこまでの道に教室はない。だからきっと誰とも会うことはない。
さっと行って帰ってくればいいだけ。
(……今から、行こうか)
思い立ったが吉日。
こういうのは早くしといたほうがいい。
じゃないと、七井も困るーー
コンコンッ
「っ、ぇ」
突然の扉の音に、びくついた。
『小里いる?
俺お前と同じクラスで、先生からプリント貰ったから渡したいんだけど』
(プリ…ント……)
学校行けてないから、その分の宿題…的な?
わざわざ預かってくれたのかな。
でも、閉じこもってからそんなの持ってこられたこと無かったのに……
『おーい、いるなら返事して?
俺もさっさと帰りたいからさ〜』
「っ、ぁ、はいっ」
ややイラついたような声に反射で返事をしてしまい、思わず鍵へ手をかける。
僕のせいで迷惑がかかってる。
やばい、早く受け取らなきゃ。
それで早く帰ってもらってーー
「ぇ、わ、っ!」
ガチャリと開けた先
わずかな隙間にグイッと靴を入れられ、大きく扉を開かれる。
そのまま押し入るように玄関へ入られ、後ろ手でバタンと扉を閉められた。
「ぇ…待っ、なに……」
「小里ちゃん。まじで男だったんだ」
「………だ、れ…?」
見上げた顔は、同じクラスの奴じゃなかった。
「っ!」
慌てて扉へ手を伸ばすけど、その前にグッと腕を掴まれる。
「ほっせぇ……でも確かに喉仏は出てんな。
まじ全然気づかなかったわ、長い髪で隠れてたしな〜顔は女顔だし。名前は本名なわけ? 彩くん??」
「ゃ、ぁの…離して」
「だめだめ無理だって。
俺ずっと小里に興味があったんだよ、他の奴らもそうだけど。で、小里が男だって聞いてびっくりして!他近づく前に近づいとこ〜と思ってさぁ」
掴まれたまま、ズンズン部屋の中に入られていく。
向かう方向に冷や汗が止まらなくて、振り解こうとするけど 無理で。
着いた先、ベッドにボスっと投げられた。
「小里ちゃんのこと本気で気に入ってたんだ、俺。
男と知って冷めるかなと思ったけど全然。
制服似合ってんじゃん。ずっとスカートだったから見慣れないけど、ズボンでもこれはこれでもえるっていうか」
なに?
自分は今、なにを言われてるの?
馬乗りで見下ろされる顔から目が逸らせなくて、恐怖で体が震えてくる。
「小里が女装してたのって、もしかして女子寮に好きな子がいたから?
だからしてた感じ?」
「…っ、ち、が」
「まぁなんでもいいけどさ〜、とりあえずヤっていい?」
「…………ぇ?」
スルリと、ネクタイが引き抜かれた。
「小里に好きな子がいても関係ないからさ、ちょっとだけ。ね?」
「な、んで…かんけい……ない」
「だってノーカンじゃん。男同士なんだから」
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