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「んー、はぁぁ……」 勉強の合間。 「休憩中は部屋の外を歩きなさい」と言われていて、いつも城内を散歩する。 多分、僕の顔を城の人たちに覚えてもらう為なんだろうけど…… (やっとひと息吐けた……) この瞬間が気の抜ける唯一の時間で。 気持ちいい風の吹く廊下を頭を空っぽにして歩いてる。 城は本当に広くて、まだ行ったことないとこだらけだ。 因みに、陛下とあの子には初日以来一度もお会いしてない。 (あの子というか、もう王妃様か) 去り際泣いてらっしゃったから、今は違うといいんだけど…… 「ー? …で、ーぁ」 「!…か……」 「ーーん?」 向こうから歩いてくる人影。 ガチャガチャ鎧の音がするから、恐らく兵士たち。 邪魔にならないよう端に避け、頭をさげた。 「そうか、なら陛下は今王妃様と共に?」 「はっ!恐らく。団長も挨拶に参られますか?」 「勿論。遠征の報告もせねばな」 (遠征……遠くから帰ってきたんだ) なんとなく緊張してしまい、靴の爪先を見ながら早く通り過ぎてと息を飲む。 「ーーそこの者」 「っ」 音を立てていた足が、止まった。 「見ない者だな。 すまない、我々は城を離れていて新入りを知らない。 警備もある為、顔を見せてくれないだろうか」 多分、団長と呼ばれてた人。 どっしり落ち着いていて、とても安心する低い声の……持ち主で………… (ーーぁれ?) ドクリと、心臓が変に脈打った。 それは弱まることなくどんどん強くなってくる。 (な、に…これ……っ) 身体が熱くなり、思わずぎゅうっと自分を抱きしめる。 息が上がって、目の前が霞んで、これはーー 「君、大丈夫か!?」 「ーーっ! ぁ、」 肩を支えられ無理やり上げられた顔。 その目が、すぐそこにある瞳を捉えた……瞬間。 まるで雷に打たれたような感覚がして、ぶわりと体温が上がった。 「あ……はぁ、っ!」 「お、おい!」 (ダメだっ) 熱い、熱い、熱い! 身体中から感じる熱をどうすればいいかわからず座り込む。 苦しくて、うまく息ができず涙が出てきて。 ーーでも、不思議と幸せな気持ちが溢れて、その人から目が逸らせなくて…… 「…長!アーヴィング団長!!」 「っ、なんだ!?」 「その者Ωです!恐らく発情してるのかと……匂いが!」 「なに!? まさかもう片方の……! 各自休め、陛下の元へは時間を置いて行く。いいな」 「はっ!」 大きな腕にガバリと抱き上げられ、「すまない」と頭からマントが被せられる。 その匂いにもっと身体が反応してしまって。 (ぁ、ゃだ、やっ!) 両手で口を塞ぎながら、声にならない声を上げて後孔を濡らした。 「これを飲むんだ」 下ろされたベッドで差し出された薬。 なんとか受け取り、懸命に飲み込んで水を貰う。 「はぁっ、は、はぁ……」 「落ち着け」 汗ばんだ僕の前髪を掻き上げ、ポンポン頭を撫でてくれる手。 暫くすると、熱も引いて呼吸も落ち着いてきた。 「もう、大丈夫そうだな」 「は…はぃ……」 グッショリ濡れた下が恥ずかしく、布団をそのままに上半身のみ起き上がる。 「君はΩか。発情は初めてだったのか? これからはこの薬を持ち歩くように。 無くなったらこの医務室に取りに来なさい。いいな?」 初めて。 確かに、生まれて初めての発情だった。 (けど、) この人の匂いは、ずっと自分が待ち焦がれていたものの…はず。 そう、全細胞が訴えてる。 恐らく、いや絶対 ーーこの人は、僕の〝運命の番〟だ。 さっきの雷に打たれたような感覚も全部、番だと感じた証拠。 きっと、きっとそう。 僕にも出会えた。本当に、奇跡みたいな確率なのに……! でも、何故? (どうして、この人は何も感じてないの?) 陛下と王妃様みたいに互いに感じるものなんじゃ? 何で普通に話してるの? 「……あぁ、俺が気になるか?」 視線に気づいたのか、苦笑される。 「俺はαだが、鼻が効かないんだ」 「鼻が、効かない?」 「嗅覚が死んでる。随分前にな」 「ぇ……」 幼い頃から剣術を学び、騎士団に入った。 国の為いくつもの戦場を渡り歩き、その多くを経験してーー 「腐臭や死臭でな、いつの間にか麻痺してしまった」 「っ」 「別にいいんだ。不便だが目や耳よりはマシだからな。 今は、功績から騎士団長をしている身だ。 兵士にはαが何人かいてな、稀にΩと会うと匂いを感じない分俺が対処するようにしている。 今回も通りかかったのが俺たちで良かった。 以後、気を付けろよ」 「ぁ……は、ぃ」 反応して熱くなる身体と比例して、どんどん冷える心。 (僕の運命の番は、この国の兵をまとめる騎士団長様) 鼻の効かない……とても強くて、勇敢なα。 「そうだ、名前を聞いてもいいか? 俺はアーヴィングという」 安心させるように笑うその瞳が、本当に 優しくて。 「〜〜っ、リシェと……申します、」 笑おうとして、またほろりと涙が伝った。

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