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今日も、休憩中あても無く城内を歩く。
訓練場には行ってない。
彼からの言葉が、表情が、ずっと心に刺さったままだ。
(アーヴィング、様……)
しょうがないことだと思う。
結果的に国を守っていても、僕は彼を裏切る行為をしている。
パドル様の計画は既に動いており、兵士を1人買った。
入ったばかりの新人。所詮はトカゲの尻尾。
決行は、恐らくもう直ぐ。
(この状況は自分が招いたものだ)
勉強できるのは有り難かったし、番のいるこの城へ留まれたのも嬉しかった。
パドル様を怖いと感じて何も言えなかったのも、逆らったらどうなるかわからないと感じたのも、全部自分。
だから、今更何を思っても自業自得で。
けれどどうしても……アーヴィング様に言われた言葉だけは、痛くてーー
「っ、ぁ」
「ぇ?」
小さな声に前を向くと、驚いたようにこちらを見つめる王妃様。
(あ、れ? 此処どこっ?)
もしかして変なとこまで来てた?
しまった、ぼーっとしてた。
引き返そうとするも、視線が絡まったまま不思議と動けない。
随分久しぶりにこの子を見た気がする。
初めて会ったのは馬車の中。
お互い緊張してて一言も話せずに此処へ来て、それからあの奇跡の瞬間が訪れてーー
(あの時は隣に並んでたのにな)
いつの間にか、こんなにも立場が変わってしまった。
名前はなんだっけ? 確か自己紹介すらしてない。
……けれど、もう。
見つめてくる王妃様ににこりと笑い、静かに頭を下げる。
そのまま立ち去ろうとしてーー
「待って! 僕の地位を狙ってるって…本当……?」
「っ」
顔を上げると、泣きそうな顔。
なんで? どうして?
同じΩなら分かる筈なのに。一体なぜ。
(わかるよ)
わかってるよ、ちゃんと。
おふたりが初めて会ったあの瞬間から、僕は「この幸せを邪魔したくはない」って思ってたよ。
だから、だからーー
「ねぇ、王妃様。
セグラドルは、これからどのような国になっていくでしょうか」
「ぇ……?」
質問を質問で返され、しかも思いもよらないものに目をぱちくりさせてる。
そのまま暫く無言で僕を見つめ、口を開いた。
「僕は、人々が心から安心できるような……そんな温かな国にしたい、です」
本当に、戦争が絶えなかった。
今の国王になってから更に争いが増え、民は日々命の危機に晒されていて。
そんな中ようやく現れたΩ。
待ち焦がれていた分、人々からの期待は大きい。
「でも、僕は必死にやれることをやっていきたい。
陛下を支え世継ぎも産んで、この国が平和が訪れるように……セグラドルにも、運命の番にも尽くしていきたい。
い、今はまだ未熟で、勉強だって君の方ができるのも知ってる…けどっ!」
「いいえ、王妃様」
勉強とかそんなのは関係ない。
大切なのは、そこではなくてーー
「セグラドルは……きっと、いい国になりますね」
「っ」
この国は大丈夫だ。
だってこんなにもしっかりした王妃様がいる。
小さく震え涙を浮かべながら、それでも一生懸命話をしてくれて。
僕は、君の敵なのに。
こんな王妃様なら、きっと陛下と共に優しい国を築いてくださる。
ーーアーヴィング様も、これ以上傷つかれることは、無い。
失うのは、嗅覚だけで十分だ。
澄んだ瞳も、明るい笑顔も、低く頼もしい声も、みんなみんな奪わせはしない。
絶対に、幸せになってもらわないと嫌だ。
「どうか、どうかよろしくお願いします」
「……ぇ」
もう一度深く頭を下げる。
(この国を、終わらせることなく平和に)
あの人が笑って過ごせるような、未来をーー
「王妃様!」
大きな声を共に長身が割り込んできた。
「アー、ヴィング? なんで」
「ご無事ですか?」
「うん、大丈夫だけど……」
「ーーリシェ」
鋭く呼ばれ、ビクリと顔を上げる。
「訓練場には来るなと言ったな。その時間こんなところを歩いてたのか?」
「ち、が……ぼうっとしてて、たまたま」
「そんなものが通用すると思っているのか!?」
「っ、」
信じては、くださらない。
もう、笑いかけてはくださらない。
残酷なまでに冷淡な眼差しで、僕の心を抉り取ってくる。
「王妃様、部屋までお送りします」
「ぇ、僕はまだ」
「この者は危険です。話などされぬように」
「でも!」
「リシェ」
「……は、ぃ」
「君には、失望したよ」
「ーーーーっ、」
「ーーぁ、やっぱり待って、ねぇお願い!待って!!」
「聞く耳を持ちません。
このままでは陛下に怒られてしまいますよ。ほら早く」
「や……!」
何か、焦っているような王妃様を強引に連れて行く背中。
「ぁ、はは、は………」
息は、吸えてる?
耳は、聴こえてる?
声は、指は、足は、身体は。
ーーちゃんと、動いてる?
「〜〜〜〜っ、ふ、ぁ、あぁ!」
ボロリと落ちた雫は、止まることなく溢れてきて。
崩れるように座った床に、いくつもの染みを作った。
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