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「本日はお招き頂き有難うございます」 パドル様と共に座った煌びやかなテーブル。 陛下に夕食を招待され、緊張しながら目の前の料理を見つめた。 こんなこと今まで無かった。 きっと僕らに探りを入れる調査だ。 チラリと見た扉には、アーヴィング様など騎士が佇んでいる。 (……っ) こんなに嫌われてるのに、自然と目で追ってしまい申し訳ない。 ここ最近食欲が無く、食べる量がめっきり減った。 侍女に心配されるけど身体が受け付けてくれなくて。 パドル様の前ではなんとか食べても、味さえよく分かってない。 「おや、王妃様。 まずはその料理から召し上がるのですか?」 楽しそうな声に、ジクリと胸が痛んだ。 「順番をご存知無いのですか? 王妃様の専属教師は何をしておられるのです?」 「ぇ、えっと」 「リシェをご覧ください。 正しい姿勢と正しいカトラリーで口に運んでいる。食事も静かで素晴らしいΩだ。 王妃様もリシェを参考にされては如何でしょう? この子なら、何処へ行っても安心して食事ができます」 「……っ、ぁ、はぃ」 「それから物を食べるときはーー」 (嗚呼、嫌だ) 僕を使って王妃様に恥をかかせるのが嫌だ。 彼は知らないだけなのに。 僕だって最初は知らなかった。彼より知るのが早かっただけ。 なのに、これ以上傷つけないで。 そんな顔を……彼の自信を、失くさせないでーー カランッ! 「っ、ぇ」「リシェ……?」 「すみません。ナイフを落としてしまいました」 (しまった) パドル様が彼に集中してる隙に落としたけど、陛下と目が合ってしまった。 わざとすぎただろうか。慌てて視線を下げる。 「どうしたんだ? お前が床に落とすなんてこれまで無かったのに」 「緊張、してしまって……それと、今日は気分が優れないので部屋に戻ってもよろしいでしょうか」 「なに? そんなものは」 「いいだろう。先程から顔色が悪いからな。下がれ」 「っ、有難う、ございます」 陛下が指示してくれ、ゆっくり立ち上がる。 「アーヴィング。送ってやれ」 「はっ」 (ぇ……?) 目の前に影ができ、顔を上げると無表情の長身。 慌ててパドル様に一礼しながら、先導してくださる背中を追った。 *** (……静かだ) 夜の廊下を会話もなく歩く。 僕を気遣ってか、ゆっくりゆっくり。 「これを」 「ぇ?」 ズイッと渡された紙袋。 中を開けると、温かなパンが入っていた。 「夕食に手を付けてなかったからな。 腹が減ったら食べるといい」 「ぁの、これ…アーヴィング様が……?」 「……だったらなんだ」 (嘘、) 「ーーっりがと…ございます、」 気にかけてくださった。 あんなに避けられていたのに、僕の事見てくださって…… 「お、おい泣くな、」 慌てるように頭へ乗せられた、大きな手。 (………ぁ) 「お前に泣かれると俺はどうも……リシェ?」 「久しぶりに、触れてくださいましたねっ」 「っ、」 伝わってくる温度に、もう涙は止まらなかった。 「……アーヴィング様は、これからどんな未来を生きたいですか?」 中庭に案内され、落ち着くまで一緒にいてくれて。 つい、ポツリと言葉が漏れた。 「未来…か……正直戦ってしかこなかったからな。 この国が俺の全てで、それ以外は何もない。 だから未来など考えたこともなかった。 ーーだが」 返ってこないと思っていた声が、不意に柔らかくなる。 「王妃様の護衛をしている時、陛下との仲睦まじい様子に羨ましさを感じることがある。 俺も数少ないαだが嗅覚が無い。あまり気にしてこなかったが致命的だ。 きっと運命以前に、俺には番などできはしn」 「できます、絶対に」 合うことのなかった視線が、真っ直ぐ合った。 「番は必ず現れます。 だって、こんな素敵な方、他にいませんっ」 かっこよくて、勇敢で、誰よりも国の為一生懸命で。 こんなに温かな人、いるわけない。 「第二の性など関係ありません。 きっとアーヴィング様を見て、その心を愛してくださる方がいます」 例えそれが運命でなくとも、幸せで。 明るい家庭を築いて、おじいさんになるまで暮らして…… 「そんな日々がきっと来ます。 だから、どうか諦めないでください」 あなたは、幸せになれる。絶対に。 「リ、シェ? 君は……一体どちら側の」 「アーヴィング様」 月明かりに照らされた顔は、呆然としていて。 「お話ししていただき有難うございました。 パンも、お心遣い感謝します」 上手く笑えたかは分からないが、今できる精一杯の笑顔で部屋に戻ることを伝えた。

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