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「……ん………」
身体が鉛のように重たい。
微かに開けた目蓋から光が差し込み、眩しくてしぱしぱする。
「リ…シェ……?」
小さく呼ばれる、自分の名前。
「リシェ、リシェ!」
(……ぁ)
握られた手の温度は、愛しい人のもの。
「アー、ヴィ……さ、」
「無理して喋らなくていい。今医者を呼ぶから」
バタバタしてきた音に、また目を閉じた。
あんな傷を負ったのに、僕は奇跡的に助かってたらしい。
事件から大分日が経っていて、不思議な感覚。
寝たままの僕に医者がゆっくり説明してくれ、「後はおふたりで」と去っていった。
シィ…ンと静かになる医務室。
正直、まだぼうっとしていてよく分かってない。
「君が身を挺してくれたおかげで王妃様は無事だった。
国も、滅亡することなく次の世代へ繋げられる。
騎士団長として礼を言う、本当に感謝する」
「そ……です、か。よかっ」
「ーーだが、君が傷ついてしまった」
グッと悔しそうに歪められる顔。
「何故頼らなかった? 話してくれたらもっと対処できた筈だ。なのに何故……っ!
いや、違う…違うんだ、君の立場も理解していたつもりだ。
だが…俺は……」
「アー、ヴィング…さま?」
どうしたのだろう。
いつもの伸びた背中は項垂れ、僕の手を掴んだまま絞り出すように声を上げている。
こんな姿、見たことない。
下を向いて欲しくなくて、もう片方の手をなんとか彼に伸ばして
ーーその手は、空を切って止まった。
「なぁ。
君は、俺の運命の番なのか……?」
「ーーーーぇ?」
聞こえた言葉に、一気に意識が戻ってくる。
「王妃様が教えてくださった。
〝彼は俺の運命なんじゃないか?〟と。
俺には分からない。だが、リシェは感じていたのか?」
(な、に……どういう、こと)
王妃様とちゃんと話したのは、偶然会ったあの時のみ。
それなのにバレていた?
Ω同士、感じるものがあった……?
「思えば、腑に落ちないことだらけだった」
初めて会った時、何故か表情が目に焼き付いた。
胸を締め付けるような…こちらまで泣いてしまいそうになるそれに全細胞がざわりと喚いて。
今までのΩには無かった感覚に、自分で驚いた。
そうして、気づけば訓練場で話すのを楽しみにしている俺がいた。
彼を待って、些細な話をして、笑って。
いつも下ばかり向いている視線を自分へ向けてみたい。
そう思ったら、自然と手が伸びていた。
ーーそんな彼が、自分よりパドル様を選ぶのは予想外だった。
「慢心してたんだ。君は俺を選ぶと」
裏切られたような感覚。
根拠のない怒りが身体を巡り、感情のまま当たってしまった。
「今思えば、俺はパドル様に嫉妬してたんだろう。本当にすまなかった」
「ぇ……そ、んな」
「君が刺された時、頭が真っ白になった」
王妃様へ向かうよりも先に突っ込んだ、小柄な身体。
これまで数々の戦場を潜り抜けたにも関わらず、思考が停止した。
身体が真っ二つに裂かれるような…ただ目の前の光景が受け入れられなくて。
「目覚めるまで、心臓が冷えて仕方なかった。
本当に…良かった……」
はぁぁと吐かれる安堵のため息。
(ぇ……何が、起きてる、の?)
これは現実?
まだ、夢を見てる?
こんな…のはーー
「リシェ。
正直俺は、運命などどうでもいいんだ」
「っ、ぇ」
「これが運命でなくてもいい。
〝運命の番〟など関係なく、俺は君と番いたい」
「ーー!」
ようやく目が合った顔が、泣きそうに微笑んだ。
「もうこんな思いは懲り懲りだ。頼むから俺に守らせてくれ。
俺には、君が必要だ」
(う、そ)
こんな奇跡みたいなこと、あってもいいの?
本当に、こんなの…が……
「〜〜〜〜っ、」
溜まった涙がほろりと落ちて、大きな手が拭ってくれる。
〝運命の番など関係ない〟
僕と同じ感情で、あなたは僕を選んでくれるの……?
(元気になったら、話をしよう)
今まで言えなかった想いを、全部あなたに届けよう。
諦めていた筈なのに、糸は繋がって愛する人の匂いに包まれて。
このまま、あなたと一緒にゆっくりゆっくり歩いていきたい。
言葉もなく何度も肯く僕に苦笑して
あなたはそっと、優しい口づけを落としてくれた。
〜fin〜
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