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リクエスト8 リシェとアーヴィングのガチ喧嘩の話 1
リシェとアーヴィングのガチ喧嘩の話
※リクエスト7後の時間軸です。
【side リシェ】
「だから!なんでそんなに僕が怒られなくちゃならないんですかっ!?」
「君が自分のことを分かってないからだろう!」
よく晴れた昼下がり、城内の廊下。
普段はあまり大声を出さない僕らが声を上げてるから、周りには城の人たちが集まってきてる。
けど、それを感じながらも口を止めることは出来なくて。
(今回ばかりは、負けない……っ!)
そもそもの始まりは、先日行われたアーヴィング様と陛下の飲み会。
バルコニーであられもないことを散々話され、顔を真っ赤にしながらロカ様と怒って数日。
(ロカ様は和解して今は陛下と仲睦まじい様子だし、そろそろ僕もアーヴィング様と話してみようかな……)
連日長身が背中を丸めて機嫌を伺っているのを、少し申し訳なく思い始めてきた。
いや、別に僕が悪いんじゃないし完全に向こうの所為なんだけど、でもこう…罪悪感というか、ちょっと可哀想というか……
「ん?」
歩いていた廊下の向こうに、困り顔の兵士。
「どうしたのですか?」
「あ、リシェ様」
近づいてみると、兵士の後ろに杖をついた老人がいた。
(この服は確か、隣の国の……)
そういえば今日は、貿易に関して隣国の使者がやってくる日。
陛下をはじめ関係する人たちが、朝から慌ただしく動いていた。
「ほぉ、此処ですかな?」
「あ、いえ、この先でして…」
「? どちらへ行かれるのですか?」
「実は、この方が少し庭を見たいとおっしゃっていて……
自分は持ち場の警備があるため直ぐに戻らねばいけないのですが、どうしても今見たいと……」
(成る程)
そろりと見た先、老人は腰が曲がっており、杖がないと歩けない身体。
白髪は風になびいてふわふわ揺れており、本人も風が心地いいというようにコホコホ笑っている。
細い腕や足は、自分の身体を動かすのでやっとの様子だ。
全体的な雰囲気も穏やかで、なんとなく故郷の近所にいたお爺さんを想像してしまって。
(……大丈夫そう、だな)
「よろしければ、僕が案内しましょうか?」
「えっ、リシェ様が?」
驚く兵士に、にこりと頷いた。
普段から、アーヴィング様をはじめみんなに「気をつけるように」と言われている。
僕自身立場は分かっているし警戒は怠ってない。身の回りのことも注意している。
この人は多分大丈夫。今回は警備の兵士が案内してる分、老人がその場の思い付きでたまたま訪ねてきたのだろう。使者であれ客人にはなるし、蔑ろにできなかったのかもしれない。
(今日は大事な話し合いも行われてるし、早く警備に戻ってもらったほうがいい)
万が一その抜け目から誰かが侵入でもしたら、セグラドルの信用問題に関わる。
安全に取引ができる国だと、使者の人たちに知ってもらわなければ。
兵士も同じ考えなのか、グッと苦虫を噛むように顔を歪めながら「申し訳ありません…では……」とこちらに一歩近づいてきた。
コソ……
「直ぐに別の者を来させますので、ほんの少しの間だけ頼みます」
「はい、お願いします」
念のため別の人はお願いし、「では」と小走りで去っていく後ろ姿を見送ってから「まいりましょうか」と老人へ声をかける。
そのまま、ゆっくり庭へ向かい案内をしてたらーー
(まさか、アーヴィング様が来るとは……)
職務で忙しいと思ってたのに、侍女ではなく自分の番がやってきて驚いた。
しかもかなり怒っていて、使者の前にも関わらず開口一番に怒られる。
これには、流石の僕もびっくりして……けど、
(なんでこんなに怒られなきゃいけないの?)
心配するのは分かるけど、杖を取ればすぐに転けてしまいそうな老人相手にこれは酷い。
大体自分だってこの前ハメを外したばかりなのに、それを棚に上げて何様なんだろう??
「自分のことは自分が一番分かってます!」
「いいや分かってない。たかが老人だとでも思ってるのだろうが、服の下に何か隠して持っていたらと考えたか? いつでも万が一に備え、君は皆より下がっているんだ。
自分の立場を改めてよく理解したほうがいい」
「なっ、そんなの十分理解してる!僕はちゃんと、案内を引き受ける前に考えてーー」
「ではその考えが浅はかだったということだ。
もう一度考え方からやり直してくれ。まったく……これじゃ心臓がいくつあっても足りない」
「ーーっ!」
はぁぁ……と溜め息を吐かれ、思わず全身の血が上る。
この人は、結果しか見ない。
僕が何を考えてこう行動したのか、この老人とどんな会話をしてどんな時間を過ごしたのか、そんな過程や背景は全て切り捨てられる。
この溝は埋まらない。
もう……何を言っても無駄だ。
「リシェ!アーヴィング!」
「っ、」
互いに一歩も譲らず睨み合っていると、遠くから呼びかけられる声。
「ロカ、様?」
「ちょっと2人とも、なにしてるのっ?」
大きなお腹を抱えながらパタパタ早歩きのような速度で近づかれ、心配そうに見つめられた。
「結構騒ぎになってるよ、大丈夫?」
「……っ、」
大丈夫じゃ、ない。
改めて周りを見るとみんなが心配するように見ていて、もっと頭に熱いものが上っていく。
どうしようロカ様。
言いたいことあるのに、上手く言葉にならなくて悲しい。
ちゃんとアーヴィング様と心を通わせたいのに、全然出来ない。
どうしよう、どうしようどうしよう。
「ぇ、ちょ、リシェ、」
泣きたくない。
なのに、ロカ様の顔と声を聞いた瞬間ぼろっと大きい粒が溢れ落ちて、止まらなくなってしまって。
「〜〜っ、ぅ、えぇ、ひ」
「えぇ!?」
ぼろぼろ泣き始めた僕を、慌てて抱きしめるロカ様。
「アーヴィング!? ねぇ本当になにしたの!?!?」
「い、いや自分はーー」
「ほっほっほ、セグラドルは変わりましたなぁ」
先ほどまでにこにこ僕らを見ていた老人が、陽気な声を上げた。
「番のα様、大丈夫じゃ。ワシはなにもしちゃおらん。
ワシは本当にただ庭が見たいだけだったんじゃが、ちと紛らわしいことをしてしまったのぉ。まさかΩ様が案内してくださるとは思わなんだ。すまんかった。
詳しいことは、自分の番に聞くと良い」
「さて、ワシは戻るからそこの兵士案内してくれぃ。いやしかし良いものを見せてもらったわい。ほっほっ」と、その辺の兵士を連れて去っていく。
ざわざわしたままの周りも、僕らを心配しながらひとりふたりとまた持ち場に戻っていって。
「……えぇっと、アーヴィングはまだ職務の真っ最中、だよね?」
「は、はい…ですが」
「なら仕事終わるまで僕がリシェ預かるから、終わったら僕の部屋まで来て。ね?」
「ーーっ、わ、かりました……」
ロカ様の肩に顔を埋めたまま全然動かない所為か、背中に突き刺さる番の視線が痛い。
でも、それも全部無視して細い肩にしがみつく。
そして、「では、せめて部屋までお送りします」という低い声と共に、ゆっくり歩き出すのが分かった。
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