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「落ち着いた?」
「は、はぃ」
ロカ様の部屋。
静かな空間の中、座ったソファーの隣から心配そうに覗き込まれ居た堪れなくなる。
(泣いて、しまった……)
泣くなんていつぶりだろう。
というか、みんなが見ている中でなんて恥ずかしすぎる。次どんな顔して会えばいいのか……
アーヴィング様…とも………
「リシェ」
「っ、」
「とりあえずさ、何があったか話してごらんよ」
ロカ様が、優しく声をかけてくれた。
「嫌だったら話さなくてもいいけど、相談事ならのるし話した方が楽になると思うなぁ。
僕が駄目なら他の人呼ぼうか?」
「いえっ、ロカ様に聞いていただきたい、です」
「わかった。じゃぁ、話聞かせてくれる?」
「……っ、あのーー」
ポツリポツリと、先ほど起きた出来事を話していった。
「ふぅん、そっか…成る程……」
ひと通り話し終わると、うぅむと腕を組むロカ様。
「中立な立場…というか第三者の立場から言わせてもらうと、今回のは〝おあいこ〟かな?」
「おあいこ?」
意味がわからず首を傾げると、苦笑される。
「まずはリシェから。
ちゃんと危なくないか考えてから返事をしたのは偉いと思う。代わりの人を頼んだのも流石。
けど、もしその人が本当は悪い人だったらどうしてたの?」
「杖を、取ってました」
「杖を取る前に何かされてたら?
例えば身体中に爆弾を巻き付けてたりとか、何か弱みを握られて抵抗できなくさせられちゃったりとか」
(爆弾…弱み……)
「爆弾はまぁ、城に入る前に兵士が検査してるから無いだろうけどさ、なにが起こるかはわからないじゃん。もしかしたら杖の中に小さいのが仕込まれてたりして!
そんなさ、〝もしかして〟を考えて念のため念のためって行動するのが僕らなんじゃないかな」
「っ……」
確かに、そうかもしれない。
僕はΩだ、この国で十数年ぶりの。
いくら国の為兵士を持ち場に戻すのが優先だったとしても、もっと慎重にすべきだったのでは。
ただ故郷のお爺さんに雰囲気が似てたって、別人は別人。
しかも初めて会う人相手に1人でなんて、確かに無防備だったのかもしれない……
「リシェの場合はさ、少し立場が難しいのもあると思うんだよね」
「え?」
「僕は〝王妃〟って立場だから〝こういう時はこう〟っていうのがしっかりあってその通りにすればいいんだけど、リシェは王妃じゃない。
でも、王妃みたいにしなきゃいけない立場なのかもしれない。それって線引きが曖昧だよね」
「っ、そう…ですね……」
実は、それは常日頃考えていた。
王妃という立場ではないのに城の人たちから〝様〟を付けられ呼ばれる。
アーヴィング様は〝アーヴィング〟なのに。
僕はΩではあるけどそれだけで、町の出身だしそんなに身分も高くはない。
しかも王妃様の補佐として働いてるのだから、城の人たちと同じのはず…なんだけど……
「多分、僕がリシェの立場でもどこまでやっていいか悩むと思う。自分はみんなより一歩下がるべきなのか、そうでないのか……
だから、もし良ければ聞いてみよっか」
「ぇ、聞く?」
「うん。陛下に話して聞いてみるのがいいかもしれない。じゃないとずっとその曖昧な線引きのまま、また何か起こるかもだし。
そうなる前に、自分の立ち位置は明確にしとこうよ」
確かに、決まっていた方が動きやすいし、いざという時の決断もしやすいかもしれない。
「大丈夫、僕も一緒に聞いたげるからっ」と笑うロカ様に、「ありがとうございます」と頷いた。
「さて、次はアーヴィング。
アーヴィングの言ったことは正しい。今回のは、リシェの〝この人なら〟っていうのが引き起こしたこと。
でも、いかんせん最初から怒りすぎなんだよねぇ」
多分兵士の報告を受け、その報告だけで怒った。
その場にいた僕の意見は、どうでもよかったはず。
「それって悲しいことだよね。
ちゃんと自分がどんな思いで行動して、その使者とどう過ごしたかとかを全て無視されて。
パドル様の時もだったけど、アーヴィングはリシェが関わると周りが見えなくなるというか一直線に想いがリシェに向くんだよね。それだけ大事にしてるってことなんだろうけど、でもこっちの意見にも耳を傾けて欲しいってなるね」
「そ、そうなんですっ」
すごい、なんで分かるの?
僕が思ってることをそのまま口に出され、コクコク頷くしかない。
「ふふ、実は僕もそれでラーゲル様と衝突したことあるんだ。まぁアーヴィングほどじゃなかったから、2人で話し合って解決できたけど。
うーん、そうだなぁ……アーヴィングの立場だったら結果を見るのは正しい。けど、その結果に行き着く過程を知ることによって結果の見方は変わってくる。
だから、先ずは自分の話を聞いて、それから叱るなら叱ってほしいって言えばいいんじゃないかな」
頭ごなしに怒るんじゃなくて、ひと呼吸置いて先ずは僕の話を聞いてほしい。
それから、然るべき処置をしてほしい。
(確かに、それなら納得できる)
ぐちゃぐちゃになっていた頭の中が、ロカ様との会話でどんどんすっきりしていく。
「よし!なんかリシェの顔が段々元に戻ってきたかもっ。
この後仕事終わりにアーヴィング来るけど、次はちゃんと話できそうだね」
「はいっ」
なんとなく、うまく話せそうな気がする。
僕も非があるから先ずはしっかり謝って、それから心を繋げて会話がしたい。
「……にしてもさ、その使者とどんなやりとりをしたの? なんかいい時間を過ごせたような感じだけど」
「あ、それはーー」
『セグラドルは、良い国になりましたなぁ』
庭を歩きながら開口一番に言われた。
『庭を見ればな、すぐ分かるんじゃよ』
荒れていれば、その国は庭を楽しむ間も無く政に追われているということ。
庭は城の現れ。謂わば国の現れ。
『手入れの行き届いている綺麗な庭をお持ちということは、心にゆとりのある国なんじゃということ。
今日の庭は、ワシがこれまでセグラドルを訪ねた中で1番美しい。十数年ぶりのΩ様のおかげで、陛下もようやっと安心したのじゃろうな。
これなら、貿易も安全にできそうじゃ』
ほっほっほ、と季節の花々を見ながら嬉しそうに笑っているのに、つられて一緒に笑ってしまって。
「そんな会話をしながら、歩いてました」
「わぁ……!それは嬉しいねっ」
「はいっ」
多分あの使者の老人は、各国の城の庭を見て貿易をするか否か定めてきたのだろう。
長年の感覚か何かで、庭と国は深い関係にあるというのに気づいたのかもしれない。
「その話陛下にしたほうがいいかもね。これからの政治の材料になりそう。
後庭師にも!他国の使者がそんなこと言ってたなんて、絶対喜ぶと思うよ」
「そうですね!」
また言いに行こうと思う。
常に最高の景色を見られるのは、日頃の手入れがあってこそ。
僕もよく散歩するようになった庭を、感謝と共に伝えに行きたい。
だから、まずはーー
「ロカ様」
「ん?」
「これって、喧嘩になるのでしょうか」
「あははっ、そうだね。喧嘩かも」
アーヴィング様と喧嘩なんて初めて。
ならば、ちゃんと仲直りをしなければ。
(ふふ、喧嘩かぁ……)
これからも何度もぶつかる事はあるんだろうな。
その時その時で、互いに意見を言い合えるような関係を築いていきたいな。
今日は、その第一歩目。
「よしっ」
笑うロカ様の隣で、グッと拳を握る。
大丈夫大丈夫、ちゃんと話せる。
話し合って、互いの意見の〝丁度いい着地点〟を探して行こう。
そうして、アーヴィング様の仕事終わりまで待たせてもらって
迎えに来てくれた番に「話をしましょう」と声をかけ、僕らの部屋へ戻った。
〜fin〜
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