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「こ、こんにちはぁ……っ」 放課後の、下校時間が迫った保健室。 いけないことだけど、少しだけ委員顔を抜けてきてしまった。 返事が返ってこなくてそろりと扉を開ける。 明後日に迫った文化祭のためいつもの下校時間より遅くまで校舎にいていいから、もう窓の外は真っ暗。 (保健室の先生も…いない……) 静かな空間で、苦しそうな息遣いが聞こえた。 一箇所だけ閉まっていたカーテンをゆっくり開けると、案の定苦しそうな顔が眠っていて。 「……っ、」 額に手を当てると、思った以上に熱い。 (明…先輩……) 今まで、先輩の笑った顔しか見たことなかった。 こんなに歪んだ顔の先輩は…初めてで…… 「ーーっ、明先輩」 泣きそうになりながら、眠っている先輩の手を両手でぎゅぅっと握りしめる。 「……ん…ぅ…?」 「ぁ、せんぱ……」 もぞりと動き、ゆっくり目が開かれた。 「ぁれ……? おれ…なんで、寝て……」 「倒れたんですよ、先輩」 「たお…れ……? あぁ、そうか……さがし、すぎたな…」 「……へ?」 (探しすぎた、って) 「いま、すごくがんばってる子がいてさ…その子見てたら、おれも、がんばらなきゃって……けど、文化祭、あるのに…やりすぎたな……」 「っ、」 先輩は、文化祭で多忙を極めてる中合間を縫って探し人を探してたんだ。 (そんな……) ねぇ、その〝がんばってる子〟って僕ですか? 僕、全然…全然ダメなんだ。 だって授業とかそっちのけで「どうしよう」って考えてて、今も委員会の活動抜けてこんなとこまで来てて、みんな先輩のこと心配してる中必死にできることをしてるのに、なのに…僕は…… 「……っ、ふ、ぅ」 泣く資格なんて全くないのに、情けなくて情けなくて涙が溢れてくる。 ポタポタ滴が縁に溜まって、邪魔で邪魔でグイッと眼鏡を外した。 と、 「っ、嗚呼……きみ、だったんだね………」 「……ぇ?」 曖昧な視線を僕に向け、優しく笑う先輩。 「おれが…探していた、のは……きみ、だ」 「ーーっ!」 慌てて両手を離そうとするが、寧ろ強く握りしめられる。 (う…そ) なんでバレた? まさかこの眼鏡で? ちゃんとカラコンしてるのに……なんでなの? っというか、やっぱり探してたのは 僕だったんだ。 (ど、しよ) 何を言われる? 怖い。でも…謝るしか僕に選択肢は無い。 「ーーっ、先輩、ごめんなs」 「きみは、だれ…なんだ……?」 「…………ぇ?」 トロンとしているような、そんな夢見心地の声。 (っ、まさか) 高熱で、意識が曖昧……? 僕だってことも…気づいてない? 「ずっと、さがしてたんだ……あの日から、ずっとずっと…きみに、あいたくて……」 「……会って、なにをしたかったんですか?」 卑怯だ。 この前先輩は「秘密」と言ってたのに、勝手に知ろうとしている。 「俺、は…おれは、きみに…… ーーあやまりたく、て」 「え? 謝り……?」 出てきたのは、予想の遥か上の回答。 「おれは、初めて…あんな行為、したから…… しかも酒に酔っていて…きっときっと、たくさん痛い思いをさせて……きみを傷つけた……」 「っ、そんなこと」 「次の日、起きて…すごく、こうかいしたんだ…… でも、きみがだれなのか、思い出せなくて…ずっとずっと、さがしてた……」 (なに、それ……) …そうだよ。 だって、相手はあの王子様のように優しい先輩だよ? ーー酷い罵声を浴びせるために探してるなんて、そんなのあるわけないじゃん。 (っ、嗚呼) 「あの日は、ほんとにごめん…ね……いた、かったね……もう、へいき……? 心は、傷ついて…ない?」 嗚呼、あぁ 「ーーっ、先輩!」 握られてた手を無理やり外しガバリと布団の上から抱きしめた。 「先輩っ、せんぱ、あかり…せんぱぃ……っ」 (僕も、僕もごめんなさいっ) あの日、お酒に酔って座り込んでた先輩を廊下で見つけて、先生たちに見つからないよう急いで先輩の部屋まで運びました。 でも……あんなに先輩と近づいたことがなくて、もうこの機会を逃したら僕みたいなのは一生こんなに輝いてる人へ近づいけないだろうと…こんなに好きな人へ触れられることは、ないだろうと思ってしまって。 その瞬間、せき止めてたものが外れてしまったんです。 「僕から、誘ったんですっ」 一夜限りの、思い出が欲しかった。 ただそれだけ。 嗚呼ほんと、なんて自分勝手な行為。 たった一回の過ちで……こんなにも長く先輩を苦しめていたなんて。 「…ねぇ。も、終わりにしましょう……?」 もう、辞めよう。 先輩は僕を傷つけたと思っていて、僕は先輩を傷つけた。 もう…こんな悲しい関係、終わらせよう? 先輩はきっと、僕に謝られることを望んではいない。 ーーだから 「僕は、あなたを許します」 いつか教えられた、目線をしっかり合わせるということ。 先輩の朧げな視線を真っ直ぐに見つめ返しながら、ぐしゃぐしゃの泣き顔で精一杯笑った。 「も…いいんです……せんぱぃっ」 これ以上、苦しむ必要はない。 僕があなたを許すから、だから…だからもう…… 「僕から…開放されてください」 「……っ、ま、って…そ……は………」 ハッと目を見開き、その反動でかガクリと身体の力が抜ける。 「ぁ…は……はぁっ……」 「動かないで。休みましょう? 文化祭はもう直ぐです。 ゆっくり休んで、早く治してください」 目元を覆うように掌を乗せると、すぐさま意識を失った寝息が聞こえてくる。 「……明、先輩」 『これが俺のグループだね、よろしく』 『えーっと、まずトマトは敵だろ?ナスは論外でピーマンはもってのほか。それから……』 『謝るの禁止。視線下げるのも。わかった?』 『苦手なこと克服するのって難しいよね。少しづつでいいんだよ』 『うんうん、唐草君は凄いなぁ』 (明…せんぱ……) 『ん、なぁに? コンタクトぉ……?』 『なんで泣いてるの? 苦しい? 痛かった?』 『わぁっ、青い目。お花…みたい。 ーー綺麗だねぇ』 「…………っ、さようなら、せんぱいっ」

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