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ヨク効ク温泉

 この学内寮は、建物は古いが風呂は良い。敷地内に源泉があるので、混じりっ気なしの掛け流し。学生には贅沢な話だ。男5人湯船に入ったら窮屈だけれども、年季が入った風情ある造りは悪くない。  衣笠もここの風呂の良さが解るらしい。入寮当日からたびたびここで見かけるようになった。浴槽の、割と深いところで顔だけチョコンと出して埋もれていたり、一番浅いところで横になっていたり……。もともと色白。まだ幼さが残る体型で、その細腰を晒している。 『無防備だなあ。そんなんじゃ、いつか襲われるぞ』  野郎ばかりの集まりが稀に暴走することを知っている俺は、こいつが気掛かりで仕方ない。  でも、まだ彼に自己紹介すらしていない俺に、為すすべはない。  四月のある日、寮内に衣笠の姿が見えなかったので、あたりをつけて風呂に向かった。使用中の籠はひとつ。よかった、あいつひとりだ。  手早く脱いで引き戸を開け……  湯船で気を失っている衣笠を発見した。  こいつの定位置、一番深いところで浴槽の縁に頬を乗せたままグッタリしている。長湯してのぼせたか。  予想以上に軽い身体を抱いて湯船から引き揚げ、後頭部を水で絞ったタオルで冷やし、緩く衣服を着せ(ないとマズイと咄嗟に思ったんだよ)、応援を呼んだ。  当番医がいる大学の保健室に担ぎ込み、処置は任せて、野次馬を掻き分けながら一足先に寮に戻る。  あーーー!  びっくりした! 無事で良かったぁ。  自分の部屋の扉を閉めた途端、自分が思いのほか動揺していたことに気がつき、今更ドキドキしてきた。見つけたのが俺で良かった。ちゃんと間に合って良かった。  それにしても、あいつ細過ぎる! ちゃんと食わせなくちゃヤバいだろう。あと、源泉はキツイから長湯しないように教えないと。……今回のことで自分で気付くか、たぶん。  色白なのもマズイよな。隙は出来るだけ見せないように……  抱え上げた時の裸の感触が鮮明に蘇って、ギクリとした。滑らかな吸い付くような柔肌……駄目だ、思い出しちゃいけない。変な動悸を覚えて自分が信じられなくなる。  気の迷いだ。美肌の湯と言われるアルカリ泉のせいだ!  やたらうるさい心臓も、温泉の隠れたパワーだ。そうに決まってる。  白い肌、華奢な腰つき、骨格は確かに男なのに、庇護欲を掻き立てられる不思議な存在。自分とは異質な柔らかな感触が、抱き上げた際に触れた部分すべてに記憶されてしまった。  風呂で溺れる奴は滅多にいないだろう。  この件で、あいつは悪目立ちしなかっただろうか。  あいつは引越の荷物が少なかった。あれでは、すぐに辞めて帰ると思われるかもしれない。積極的に周囲に声を掛けまくるようにも見えない。泣き寝入りするタイプに区分けされたら、すぐに標的になるだろう。  ターゲットにされたらひとたまりも無い。  卒業するまで俺が守ると決めたんだ。まずはオトモダチに、そしていつも一緒にいる親友にランクアップしなけりゃ守れない。  親友……は……、柔肌にドキドキしてもいいんだろうか……? しないよな、普通。そういうのは親友じゃない、よな。こ、恋人??    他の誰かが衣笠の隣にいるところを想像しただけで、気持ちが苛立つ。  俺は衣笠の恋人になりたいのか?  衣笠は男の俺を恋愛対象としてくれるのか?  考えたって答えは出ない。  まずは、隣にいるのが当たり前の存在にならなくては。  今日のようなことがまた起きるかもしれない。あんな軽い男、楽々運べる力が欲しいと切実に思った。そうしたら、応援を呼ばなくて済むもんな。やたらな奴に触らせなくていいもんな。  手っ取り早く腕力を手に入れるために、今日できることは? 筋肉の素、タンパク質を摂取しよう。玉子あるな。  吸収がより良いのは、半熟より固茹でなんだって。コレステロールが高いって話も、もう古い。毎日3個。  よし! 源泉の蒸し場で玉子を蒸かしてこよう♪

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