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こんがり。
「んーー! 忙しくないけど疲れたーー!」
衣笠のバイトは14時まで。従業員通用口で待つのが日課だ。
「バイトなんか久し振り過ぎてあれだわ、表情筋がオカシイ。あと、空調効き過ぎ! だりぃ」
ボヤいていても実際は上手く回しているのが判っているので心配はしていない。
ウエイター姿の衣笠が、落ち着いた様子で接客している所を、友達のインド人が撮って送ってくれた。ワイシャツにベスト、ギャルソンを巻いている衣笠は、伸びかけの髪も相まって、とても垢ぬけて見えた。女っぽいのとは違う。何ていうか……天使だ。
仕事を終えた天使様は、ママチャリの荷台に後ろ向きに座って、脚をブラブラさせている。ギャップありすぎだろ。
観光ホテルの中にある喫茶室のアルバイト。安いカフェほど雑多な客は来ないし、エアコン完備。制服も品があって、こいつが働くのに申し分ない。
肌の露出にまで気を揉むなんて、俺は父親か? しかも野郎の肌の露出。……末期症状? 友達とストーカーと恋人の分岐点ってどこなんだろうなあ。
だいたい衣笠は色が白すぎる。特に首筋、鎖骨なんか人目に晒すような危険な真似はさせられない! せめて人並みに日焼けしなくては目立ち過ぎる。
「衣笠、このまま海行かね? ちょっと焼こうよ。泳がないから支度要らないし」
「ああ、例の穴場? いいねぇ、行こ行こ!」
誘いに軽く乗ってくれちゃって。ま、自転車漕ぐのは俺。お前は乗っててくれたらいいよ。ママチャリが唯一の交通手段のこの夏、主導権は俺だ。
お前の夏の過ごし方は俺の手の中だ。ワッハッハ♪
高速道路の下の入り江には、噂通り誰もいない。波の音と、頭上を走る自動車の音だけ響いている。岩場にタオルを敷き、持参したサンオイルを塗り始めた。
……塗ってやろうか、と言いかけて、やめた。
我ながら酷いヘタレだ。駄目だ、ドキドキし過ぎて触れない……友達のラインってどこまでだ? 友達って、身体に触ってもいいの? この色白もち肌に素手で触れたら、多分ヤバい(何がヤバいのかは省略!)。
なのに、こいつときたら、無邪気で! 無警戒で! 無自覚で!
「綿貫、右の肩の下の方、塗れてないよ。貸してみ? 塗ってやるから」
なんて、易々と俺のオイルを手に取って伸ばし始めた。そっか、友達はオイル塗って良いんだ。なあんだ、良いのか……
不器用にペタペタ音を立てて、白い手が俺の背中を滑っていく。見えないけど心の目で凝視する。塗ってくれている右手はともかく、無意味に添えられた奴の左手が、俺の二の腕に置かれているのが気になる。
「OK! 塗れたよ。はい交代!」
躊躇したらおかしい。トモダチだトモダチだ、俺はこいつのトモダチだ、と呪文のように唱えながら、サンオイルを手に取った。
手のひらから伝わるのは、オイル越しなのを忘れてしまうような、ひたりと吸い付く感触。あーあ、触っちゃったよ、大丈夫かよ俺。邪な思いが伝わる前に塗り終えなくてはと意識を切り替え、塗りムラ撲滅に集中しているというのに、何も知らない呑気な衣笠が言う。
「冷房のせいかなぁ、首とか肩とか調子悪いんだよね。ちょうどそこんところ気持ちいい……」
ここか? 肩甲骨、僧帽筋のあたりをオイルのついた手でさすると、ソウソウソコソコ♪ と、気持ち良さそうに目を閉じた。なんだよその無防備な顔は!
目的は日焼けだった筈なのに、俺は衣笠の骨格を感じながら、首と背中に手を這わせた。
くぅ〜! と嬌声をあげるもんだから、いい気になってさすり続ける。
こんなに濁った邪心なのに、衣笠に「ありがとう」「上手いな」と、労われると、フィルターで濾過されたように澄んでしまうから不思議だ。
自分の欲求の為にやっていたことを喜んでくれると、このままいても構わないと許してくれているようで堪らない。
だからって、図に乗ってずっと触れていると、漉された澱みの方ががズンズン蓄積されて、大変なことになりそうだけれども。
この夏、こいつは痩せたんじゃないかと思う。というか、大人っぽくなったのか? ボディが締まってきて、頬もスッキリし、まつ毛の影が際立つ。伏せた目線が色気を帯びてきた。
夕飯の骨付き肉を齧りながら、正面に座る衣笠を見つめてしまった。真剣に見つめる眼差し、嬉しそうに目を細める仕草、指先を舐める口元。
SNS映えするな、コレ! とスペアリブを愉しそうにスマホで撮るお前自身が、俺のカメラの被写体。
「綿貫……撮ってないで喰えよ、よだれ垂れてる」
---!!
マジか! しまった、口半開きで見とれてた! ヤバいヤバい。
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