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31.一分の一番3

ヤバい……。 目の前の景色が震えて、ぱたぱたと涙が零れていった。 「どうして、泣くんですか?俺…やっぱり怖かった?」 違うよ、ヒロ。怖くなんかない。 お前は誰よりキスが上手い。 今まで俺は、誰一人満足させられなかったのに、お前にされるとなにもかも吹っ飛んじゃいそうになる。 「ごめっ…俺……帰るっ…っ」 「帰るって……、こんな状態で帰すわけがないでしょう」 頭を引き寄せられて、今度は胸に顔を埋めさせられた。 制服の白いシャツが、涙を吸い込んでく。 柔軟剤の匂いに交じって、汗のにおいがする。 そう言えば部活、途中で抜けさせたんだっけ。 …なんだよコレ……。なんでお前、こんないい匂いすんの…? こんなんじゃ余計、離れられなくなる……。 「蓮さん…、好きです」 耳元に感じた優しい声と、唇の感触に、ピクリと顔を上げた。 「一番好きです」 「……ウソだ…」 「1分の1番です」 「……だって!俺、お前に恋してんだぞ!?男のくせに!気持ち悪くないのか!?」 「じゃあ、先に恋して、キスして泣かしてる俺は、もっと気持ち悪くて最低です」 「だって、お前、俺の目の前で女の子抱きしめてて…、背だって高くってちょうど良くって…」 「…まさか、信じてなかったんですか?妹だって言ったのに」 「だってお前、一人っ子じゃん」 「だから……」 ヒロは一瞬体を起こそうとして、俺の顔を確認して、そして床に背を任せて仰向けに息を吐き出した。 「確か、アルバム、見てましたよね」 「うん……?」 「リュウの背中に乗ってたの…」 「見た」 「あれ、妹です」 「……あれ、ヒロだったじゃん」 「妹は、男顔なんですよ。昔から俺にそっくりで、最近ようやく女に見えるようになってきたけど。…つーか、俺がリュウに乗っかるわけないでしょう。んな可哀想な真似」 「…だって、じゃあなんで……」 「だから、俺が小5ん時に離婚したんです。妹には小さい頃、気合い入れの時はいつも高い高いしてやってて、今はお互い抱っこって歳でもないし、サイズもデカいし、だからその延長で、あーなってんです」 「じゃあ、ホントに妹……?」 「初めっからそう言ってるでしょう」 「俺のこと、好き…?」 「それも、初めから言ってるでしょう。好きです。滅茶苦茶好きです。生きてきた中で今までの誰より好きだし、これからもずっと好きです」 「俺、男だし…」 「知ってます」 「我が儘だし」 「分かります」 「姫気質だし」 「そんなこと、自分で言ったらダメですよ」 ヒロが、プッと噴き出した。 「もぉー……、いやだーっ!」 「今度はなんですか?」 微笑んで、頭をよしよしって撫でてくる。 なんだよもー、なんで1人で空回ってんの、俺!? 「だから、今日は帰らないでください」 「……なに言ってんの?お前」 「大丈夫です。うち、最近親、帰ってないんで」 「…育児放棄?」 「俺が、1人で平気って言ったんですよ。だから父親は、恋人の家です。安心して泊まってください」 「……泊まったら、なんかするだろ」 変な体勢で変なこと訊いてるのは、重々承知だ。 ヒロは質問には答えずに、意味深ににっこり笑った。 「それに、今日は帰ってくるかもしれないだろ、親父さん」 「帰ってきたら、ちゃんと紹介しますよ。俺の好きな人ですって」 「っ…おまえ!バカか!びっくりさせちゃうだろ!絶対反対されるし!別れさせられるぞ!」 「それは心配ないですよ。吃驚はするかもしれないけど、親の恋人も男なんで」 「………えと、…お母さん?」 「お父さんです」 こいつ……、生粋かぁ…。生粋だったのか、こいつ…。 「俺は、女の子が好きなんだからな。…お前の方が好きだけど」 「分かってると思いますけど、俺も同じですよ。初恋はアリスちゃんなんで」 「…2回目は?」 「蓮さんです」 って、そう言わせたかっただけでしょう?と悪戯に笑って、ヒロは唇にキスを落とした。

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