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「えっ、まあ聞いてみたいけど……歌苦手なら無理しなくてもいいし……」 もし苦手なのに来てくれたのなら申し訳ないなと思った。せっかくの休日を苦痛にしてしまっていないだろうか……。 日比谷はふぅ、と一息つくと、机の上にあるマイクを手にした。 「そうだね。そろそろやろうかな」 ま、マジで!?あの理屈大好き男が歌を歌うのか!?何を歌うんだろう、やっぱり変な曲……?変な曲ってなんだ……?想像つかない分妄想が掻き立てられる。 「おっ!やっとその気になったか!」 「日比谷、なんの曲歌うんだ?」 曲を選んでいる日比谷に尋ねると、彼は顔をこちらに向けて、唇に人差し指を当てた。 「歌うまで内緒」 ……おい日比谷、俺を萌え殺す気か。てかどうしたんだ今日は。何だか普通のやつに見えてきたんだが。それとも俺が頭おかしくなった?クラクラしてきた。 そうこうしているうちに日比谷が曲を入れ終わり、イントロが始まった。聞き馴染みのあるメロディ。これは確かアニメの主題歌だったが、アニソン歌手ではないポップスのアーティストが歌っている。アニメの内容と歌詞が合わさって一時期めちゃくちゃ流行ってた。実写化もされたはず。 イントロが終わると、日比谷の息を吸う音が微かに聞こえた。そして静かに歌い始めた。切なくて優しい歌詞と歌声。どこか遠くを見つめているような、誰かを想っているような表情。たまに聞こえる甘い吐息。俺は日比谷の全てに夢中になっていた。 胸がぎゅっとなるようなバラード。そこに日比谷の歌声が重なる。さっきまで合いの手を打ったり盛り上がっていた斎藤も、今回は静かに見守っている。 終盤に差しかかるとキーが転調した。一気に壮大になる。まるで本物のアーティストのライブを見ているみたいだ。ステージでは日比谷1人にライトが当たっている……それくらい輝いていた。 そして歌い終わるとマイクを置き、安堵の息をついた。俺はしばらく固まって動けなかった。想像をはるかに超える上手さだった。 「す、すげぇな……ひびやん、めちゃくちゃ歌上手いじゃん!俺、感動しちゃった」 先に声をかけたのは斎藤だった。俺の気持ちを代弁してくれた。 「ありがとう。久しぶりに歌ったから、本調子じゃないんだけどね」

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