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確かに俺もちょいちょい曲を入れた。斎藤ばかりってのもあれだし、俺も歌うことは好きだからな。 「日比谷はあの1曲だけだったな」 「うん。僕は2人みたいにレパートリーが少なくてね」 「えー、でもめちゃくちゃ上手かったよ!もっと聞きたかったな」 日比谷の歌声は今思い出しても惚れ惚れする。この余韻にずっと浸っていたいくらいだ。そんなことを考えていると、日比谷に問いかけられた。 「カラオケとか、よく行くのかい?」 「えっ、行かないよ」 「そうなのか。歌い慣れてる感じがしたから、よく行ってるのかと」 透き通る瞳で俺を見つめる日比谷。純粋で子供のような、そんな表情を見てると俺もつい素直な気持ちになってしまう。俺は決して歌い慣れてるわけじゃない。そう見えたのは2人がいてくれたから……。 「俺さ、カラオケ行ったの、人生で初めてだよ」 そう言うと、日比谷は少し目を丸くした。駅にはまだ着かない。なぁ日比谷。少しだけ、俺の話をしてもいいかな。その言葉は上手く言えず、俺は昔話を始めた。 「それどころか、日比谷と図書館に行くまで、家族以外の誰かと出かけた記憶がない。今まで友達ってやつがいなかったから……」 顔を見られるのが怖くて、俺は真正面を向いた。こんな話、するつもりもなかったのに。日比谷のことはなぜか信じられる。 「見てのとおり、俺は昔から人と話すのが苦手で。話す機会があっても上手く会話ができずに沈黙になったり。でも話すのが嫌いなんじゃない、話しかける勇気がなくて、声をかけてもらえても何を話していいかわからないだけ。本当は人と色んな話がしたい」 嫌で嫌でたまらなかった過去。口にするのも辛いはずなのに、日比谷の前では自然と言葉が紡がれていく。 「ガキの頃から内気で、いつもひとりぼっちだった。学校の先生には『ちゃんと自分から話しかけなさい』ってしょっちゅう怒られてた。だから頑張って輪に入ろうとしてた時期もあったよ。放課後遊ぶ時とか、昼の弁当の時とか。けど、俺口下手だからさ……。『あいつと喋ってもつまらない』『邪魔だから来ないで』って言われ続けた。俺には人と話す才能なんてないんだ、どうせどう足掻いてもあいつらとは話せない、無理なんだってわかってから、俺はまた1人を選んだ」 心の傷がしみていく。痛いのに俺は話を止めなかった。日比谷なら、傷にそっと絆創膏をくれる気がした。

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