79 / 122

一葉の過去・一葉の誕生(一葉 side)

僕はとある田舎町で生まれた。決して裕福な家庭ではないけど、金銭面で困って節約生活を強いられたことはなかった。 小学校低学年の頃、宿題で「自分の名前の由来をお家の人に聞きましょう」というものがあった。母親に聞いたところ、今まで知らなかった両親のことや僕の生い立ちが明かされた。 僕の母親は一般家庭で生まれ育った。何不自由なく生活し、家族や友達にも恵まれていた。しかし、ある出来事をきっかけにそれは崩壊した。 母親が15歳の時、恋人ができた。相手は20代の男。定職に就かず夜な夜な僕の母親を連れ回していた。当然家族は交際に反対した。こんな若い娘を騙している、と。しかし母親は聞く耳を持たなかった。完全にその男に惚れていた。 男は町でも有名な悪い人だった。複数人で町にたむろしては恐喝や盗みなどを繰り返し、何度も警察の世話になっていたという。しかし母親は彼を可哀想な人だと思った。 男の父親は酒と暴力が止められず、妻や息子を何度も殴ったり蹴ったりしていたらしい。おまけに女癖も悪く、耐えられなかった妻は家を出ていった。男の父親は家に色んな女を呼び、好き放題暴れていた。父親からは暴力を受け、母親には捨てられた。だから男は荒れてしまった、本当は誰かに愛されたい寂しい人なんだ、私が愛してあげないと、と僕の母は言った。 一家で悪い印象を持たれている男。母親の友達も別れるように言ったが、彼女は聞かなかった。 そんなある日、母親の妊娠がわかった。相手はもちろんあの男。言うまでもなく母の家族は激怒した。「今すぐ男と別れ、子供を堕ろせ」と言われた。母は反抗した。そんな酷いことできない、私はあの人とこの子を育てる、と。家族は娘と縁を切った。そして母親は高校を中退し、男と駆け落ちして町を飛び出したのだった。 誰も知らない町に移り住み、2人で協力して素敵な家庭を築いていこう、と話していた。もうすぐ家族も増え、幸せな日々が待っている。母はこれからの生活に思いを馳せていた。 しかし、そんな日々は一瞬にして消えた。男は他の女を作って逃げた。母親とお腹の子を捨てて出ていったのだ。母はかなりショックを受けた。しかし頼りになる家族はもういない。途方に暮れ、このまま親子ともに死んだ方がいいのではないか、と思った。

ともだちにシェアしよう!