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一葉の過去・小学校時代(一葉 side)

僕には“自分”というものがなかった。母親は1人で僕を育ててくれている。お金を稼ぐために夜の仕事をしていた。朝起きたら母親が用意してくれたものを食べ、学校に行く。その間に母が仕事から帰り、睡眠をとる。夕方僕が学校から帰った時が唯一母と会える時間。しかし、僕は帰ってすぐ習い事に行かなければいけない。終わって帰る頃には母は仕事に行って家にいない。顔を合わすことがほとんどなかった。 母が苦労しているのを身近で感じていたから、我儘を言うことができなかった。 物心ついた時から、僕はたくさんの習い事をしていた。全て母親がさせているものだ。「一葉のため」と言われて、毎日色んな習い事漬けだった。母親はいつも「私はなんの才能もなくて、ひとりぼっちになった時何も残らなかった。一葉にはそうならないように、色んな教養を身につけさせたい」と言っていた。楽しくもないが、行きたくないと言うこともなかった。それが当たり前だと思っていたから。 そうなると、必然と友達と遊ぶこともない。そんな時間もないし、そもそも友達がいなかった。たくさん習い事をしていても、ロボットのような僕は人と打ち解ける能力がなかったんだ。 母には近所付き合いというものがない。母は仲良くしたいと思っていたが、どこからか流れた噂により僕達親子の評判は悪かった。ある日僕と母が道を歩いていると、近所の人達が白い目で見てきた。 「あれ、珍しく2人で歩いているわよ」 「あの人、今日は仕事ないのね。夜の仕事」 「水商売してるんでしょ?あの人。子供を放ったらかして男と遊んでるのよ」 「しかもあの人16歳で生んでるって。変な男と駆け落ちして、結局捨てられたらしいわよ」 「そんな悪いやつと付き合うからこんなことになるのよ。子供が可哀想だわ」 「あの子もロボットみたいに感情がなくて怖いのよね。やっぱりあんな家庭で育ったからかしら?」 「そりゃそうよ。きっとあの子も将来悪い道に進んで、デキ婚したりするんでしょうね」 ヒソヒソと話す言葉が丸聞こえだ。本人がいないところで話せばいいのに。しかし母親は強く僕の腕を引いた。 「大丈夫よ、一葉。あんな人達なんか相手にしなくていいわ。私はともかく、一葉のことを決めつけるなんて許せない。一葉は悪い方向に進んだりしない。あなたは優秀な、世界一の子供なんだから」

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