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「こんな難しい計算もできるんだ。やっぱり天才だな!」
彼は僕の肩に触れようとした。その時、“あの時”のワンシーンがフラッシュバックした。
捨てたはずの心が泣いている。気持ち悪いって叫んでいる。僕に恐怖が襲ってきた。
咄嗟に彼の手を避けた。彼は悪くないのに。彼は驚いたような表情をしている。こうして僕はまた嫌われていくのかな……。仕方なのない運命。逆らうことはできない。
と思いきや、斎藤はすぐに笑顔に戻った。
「ひびやんは、数学好き?」
何事もなかったかのように振る舞う。なんだ彼は。しかもそんなあだ名で呼ばれたことなんて一度もない。
「……まあ、嫌いではない」
「えーっ、すごいなぁ。俺は体育以外は全然だめなんだ」
そういえば斎藤は体育ができるイメージがあった。運動神経抜群で、女子からの人気も高い。特にサッカーが上手い。彼がチームにいれば必ず勝つとさえ言われている。
「ひびやんは何の科目が1番好き?」
目を合わせて問いかけてくる斎藤。その瞳は嘘偽りのない、真っ直ぐなものだった。
「僕は、国語が1番好きかな」
「国語?あれ文章読むの難しくない?眠くなるし」
「最初はね。ただ国語というものは奥が深い。古文・漢文・現代文全てにおいて。特に現代文は面白い。小難しい文章で遠回しなことばかり書いてあるし、一見作者が上から目線で客観的に物事を捉えているような文章に思える。が、読み込むと実際は作者の感情がダダ漏れな主観的作品が多くてね。それを読み取るのが実に面白いのさ」
珍しく語ってみる。僕がこのような喋り方や性格になったのは、周りの人を寄せ付けないため。こいつとは関わりたくないと、人を離すため。客観的な考え方をするようになり、違う物の見方ができるようになった。今回もこれで斎藤を突き放すつもりだった。想像どおり、彼は今呆気にとられている。
「ゆえに、僕は現代文が1番好きだね。人間という生き物の愉快さがわかるから」
ここまで来れば頭のおかしいやつだとわかっただろう。斎藤が怪訝な顔をして部屋を去る未来は見えているんだ。
しかし、斎藤はやがてクスクスと笑い始めた。
「……ははっ、ひびやんって難しい言葉遣いするんだな!頭いいやつは喋る内容もレベルが高いなぁ!」
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