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それ以来、斎藤はよく保健室に来るようになった。やれトイレットペーパーを補充しに来ただの、石鹸が足りなくなっただの言って、僕と話すようになっていた。ほとんどが課題を写すか雑談だったが。僕のことを心配して、保健室に顔を出しているんだと思う。
斎藤は人がいいと感じた。物腰が柔らかく、人に不快感を与えない。自分の話もするし、こちらの理屈もしっかり聞いてくれる。彼がクラスで人気者なのも理解できる。
彼は僕の前ではあまりクラスの話をしない。クラスメイトのはずなのに、同じクラスの話をほとんどしないのだ。きっと、“あのこと”に気を使っているからだろう。そういう面に彼の優しさを感じた。
ある冬の日。また斎藤が保健室にやって来た。勢いよくドアを開け、これ以上ないくらいの笑顔を見せていた。
「ひびやん!聞いてくれっ!」
「斎藤、今日はどうしたんだい?」
僕が問うと、斎藤は嬉しそうに声を張った。
「俺さ、高校決まったんだ!」
「ほう、それはおめでとう」
彼は進学先が決まったという。前々から希望している高校があると聞いていたから、それは喜ばしいことだ。
「ありがとう。落ちたかな〜って心配してたんだけど、なんとか受かってよかったぁ!」
「サッカー推薦だったっけ?」
「うん!みんな強くてびっくりしたけどな」
ピースサインをして斎藤は喜びを表現している。彼はサッカー部のキャプテンをしていたこともあり、強豪校である学校を受験していた。その学校は田舎町のここから離れた都会にある。
しばらく彼の受験エピソードを聞いていると、少し低めのトーンで質問された。
「あのさ、ひびやんは高校、どうするの?」
不意打ちの質問だった。いつかは考えないといけない、そうはわかっていても僕の手には何も残っていないんだ。
「……正直、考えていない。でも、高校は行くべきなのかな……」
やりたいことなんてない。将来の夢もない。だからと言ってあの日のように悲観的にもならない。高校に行くかどうか、行くとしてもどこに行くのか……。僕は何も決めていなかった。
「いや、絶対行くべき!とは俺は思わないかな。行きたくないなら無理しなくてもいいと思うし。ただ、迷ってるなら入学するのもありかな、って思う。とりあえず行ってみて、合わなかったらその時考えたらいいしな」
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