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「そうだね。彼はいい人だよ」
そう答える。昔の辛い過去が浄化されている感覚がした。体が軽くなり、今までにないくらいの胸の高鳴りを感じている。
「お母さん」
ドアに手をかけようとする母に声をかける。母が振り返る。
「僕を生んでくれてありがとう」
今まで言えなかった言葉。初めて口にした。死にたい日もあった。生きることが苦しくて、消えたいと思っていた。でもそんな暗闇の毎日は終わりを告げられた。その出口は眩しくて、光り輝いていた。僕に触れなくとも心ごと救ってくれた。
そして、母のありがたさに気づいた。たった1人で僕を育ててくれた。僕がいまここにいるのは、僕を生んで育てた母のおかげだ。
数秒口をぽかんと開け、母はゆっくりと目を細めた。
「こちらこそ。生まれてきてくれてありがとう、一葉」
そう言って母は後ろを向き、ドアを開けた。左手で目を擦っているのが見えたが、僕は何も言わなかった。
母が仕事に出かけてしばらく経った後、僕は駅の近くのコンビニ前で想い人を待っていた。ここで待ち合わせをしている。早く着きすぎたかな。暑いしコンビニの中で待とうとも思ったけど、一刻も早く志津に会いたくて外で待っていた。
まもなく柔らかな髪を揺らしながら、志津がやってきた。童顔って言ったら怒られるけど、笑顔が可愛くて僕は好きでたまらないんだ。
「悪いな、暑い中待たせてしまって」
「ううん。少し早く来すぎたみたいだ、君に会いたくて」
「〜〜っ!お前ホント、付き合ってから可愛すぎるんだよっ」
志津はよく顔を赤くして目を瞑る。照れているのかな、と思うと僕まで嬉しくなった。彼を連れて、僕は家へと案内した。
「うわー、一葉の部屋綺麗だなぁ」
「ありがとう。さっき慌てて片付けたんだ」
僕の部屋に招くと、開口一番がそれだった。頑張った甲斐がある。先程まで本が散らばっていたからね。
「あ、そうそう。これ」
志津は片手に持っていた袋を僕に差し出した。中にはケーキが入っている。ショートケーキだ。
「せっかくお邪魔するんだからな、もしよければ」
付き合い始めてから、志津はさらに優しくなった。いつも僕のことを考えてくれている。彼の気遣いに胸がいっぱいになる。
「ありがとう。わざわざすまないね。遠くから来てもらっているのに」
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