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39.兄たちの事情1

これは、颯斗と壱哉が高校を卒業した直後の、春休みのお話 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 「せっかくの温泉なのになー?」 旅行バッグを抱えて前を歩く壱哉に気づかれぬよう、颯斗はそっとため息を漏らした。 高校を卒業すれば、ツルんでいた仲間もバラバラになってしまう。 だから最後の想い出作りに、と誘われた温泉旅行だった。 壱哉が「他の奴らにも俺が声掛けるから」と言うから、安心して任せていた。 同じ大学に進学は決まっているけれど、高校の時ほど頻繁に、毎日会えるわけでもないだろう。 きっとそのうち疎遠になって、ひさしぶりって挨拶を交わす間柄になるのだろう。 だから、自分にとってもこれは最後の壱哉との想い出作りで、…みんなとワイワイ騒がしくして、淋しさなんてきっと、感じる暇もないほどに………と思っていたのに───! 「なんで2人しかいないんだよ!」 集合場所に集まったのは、颯斗と壱哉、2人きりだった。 「みんな来れないんだってさぁ」 そして冒頭のセリフに戻るわけである。 最悪だ……。 いや、普通に考えれば、最高のシチュエーションなのかもしれない。 好きな相手と2人きりの温泉旅行で、高校最後の想い出作りだ。 しかしそこには大きな、決して目を瞑ることの出来ない問題がひとつあった。 自分と壱哉の性別が同じ『男』で、当然のことながら壱哉を好きだという気持ちは隠し通さなくてはならないという事だ。 この旅行で思いっきり楽しめば、疎遠になっても想い出に浸って生きていける。 逢わなければその内気持ちも薄れて、誰にも気付かれないままに恋心は消えていく。 年老いてひとり、そんな事もあったな…と懐かしく思い出して……。 そして誰も知らない、昇華された恋心を胸に(いだ)いて、最期の時を迎えるんだ。 それが颯斗の立てたプランだった。 だと言うのに、一体なんなんだこの状況は!! 「俺、黒たまご食べんの超楽しみなんだぁ。やっぱり特別美味いのかな?」 秘かに頭を抱える颯斗に対して、壱哉の方は暢気に旅行を楽しむつもりだ。 「んで、明日は九頭龍神社な」 「なんで…神社…?」 「パワースポットなんだってさ。んで、金運守護とか、開運とか色々あんだけど、俺は縁結びのお願いするんだ」 「お前には縁結びなんか必要ないだろ」 「いやいや、今の俺は本気だよ。この縁だけは切れることがありませんようにって」 「ああ、そう……」 何が本気なんだか…。どうせ全員遊びのくせに。 それとも、遊び相手の中に本気になれる女が出来たってか? そのお祈りに、俺を付き合わすとか………。 「………死ね」 「えっ!?こらこら、なんでそーいうことすぐ言っちゃうの、颯斗君は!」 「…不快にさせてしまったのならば申し訳ございませんでした。謝罪いたしますので、どうかお亡くなりになられてください」 「ちょっとお兄さんっ!? そーいうこと言われたら、俺だって泣いちゃうよ!?」 「黙れ!誰がお兄さんだ。俺の弟は天使だ。もっと可愛い。マジ天使過ぎる!」 「いや、…確かに睦月君は可愛いかもだけど。でもちょっと狂暴で、よく一翔も殴られてて、やっぱり颯斗の弟なんだなぁっつー。ははっ」 「そんなんテメェの弟が馬鹿だからだろーが」

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